【クリスマスの短編】髪切って、歩いて、飲んで食べて結局泣いた/後編

髪切って、歩いて、
飲んで食べて結局泣いた/後編
前編は↓こちらです
http://d.hatena.ne.jp/torasang001/20140109/1389277042





そのままふらっとした足取りでエレベーターに乗る。屋上に向かう。
松屋の屋上は少し前まで
ここに子供用の屋上遊園地があったとは思わせない位にお洒落になっている。
白黒のタイルが貼られた床。植えられた緑の木々と芝生。
黒い椅子とテーブルとパラソル。
屋上と言うよりテラスと言った雰囲気だ。


エレベーターを出るとそこはまだ建物の中だ。
床は黒と白の菱形が交互に配置されているお洒落なアーガイル柄になっている。
エレベーターの横側にはFMラジオのスタジオがある。
確かソラトニワというFM曲だ。
観覧用のガラス窓の向こうで今日も男性のDJが何かを放送している。
スタジオには木製のテーブル。上にマイクが数本置かれている。
椅子は革製の見るからに高そうな物で、
だけど1脚1脚のデザインが全然違うのが面白い。
白い壁と合わさって一目でお洒落だと思えた。
スタジオの横には誰でも使えるテーブルやカウンターがある。
自由に使えるコンセントや本棚まで置かれている。
インテリアもお洒落で安物ではない事が一目で分かる。
こういうのを見ると、どういう訳なのかさすが銀座だなという印象を抱く。
何がさすがなのかは良く分からないけれどね。


外には日よけ様の屋根があって
その下には木製のテーブルと木材で背もたれと肘掛けが作られた椅子と、
緑のワイヤーで編まれた様な椅子がある。
横には大きな階段があって先にはゴルフスクールがあるらしいけど、
目の前にすら行った事が無い。


自動販売機を見つけて水を買う。
とりあえず乾いた喉を潤したい。
乾燥して粘膜が張り付いた様な喉はそれだけで苦しい。
この後どこかで何かを食べたりお茶をする事を考える。
その前に缶コーヒーを飲むのは空しい。だから水にした。
屋上に作られた庭は雲1つない冬の青空に包まれて居る様で清々しかった。
外の黒い椅子に座る。お尻がひんやりとする。
荷物をテーブルの上に置いてミネラルウォーターのキャップを開ける。
手が乾燥しているからなのか中々フタが開かない。
力を籠めて回す。重い錠前が外れる様にしてやっと開く。
一口水を飲む。
こういうとき、1人は不便だ。


目の前には神社が見える。
鳥居が無いからお寺なのかも知れない。けれど狛犬も居るから神社なのかな?
お寺にも狛犬はいたっけ?
パワ−スポットとかそういうのはあまり好きではないから良く分からない。
写真を撮ってツイッターに投稿すれば親切なひとが教えてくれそうだけど、
対応が面倒くさそうでやめた。今はそんな気持ちじゃないや。


兎に角、神様を祀っている何かが松屋の屋上にはある。
木の塀で区切られ、周囲には和風な木々が植えられている。
そこだけは立派な日本庭園と言った雰囲気だ。
きっと凄い昔からここにあって、
今では松屋の守り神みたいな存在になっているのだろうと思う。
商売の繁盛や働いている人々の無病息災をずっと祈られて来たのだろう。
屋上に人が誰もいなかったら私も手を合わせてお願い事をしていた所だ。


スマートフォンを見る。
友達からの返信。明日は私も参加出来るとの事。
嬉しいなあ。さすが友達だ。
女の友情は血よりも濃いという言葉があるけれどその通りだと思う。
彼女に対応してくれた事へのお礼を書く。
明日は楽しみだねと添えてから送り返した。


それから彼女の文章で、
明日の1ヶ月後はクリスマスだと言う事に気が付いた。
嘘。
ここに来るまでの間に、せっかちなお店がもう
クリスマスの飾り付けをしていたからそれは知っている。
なんだか自分の事がちょっとだけ面白くなる。
きっと心でもそれを感じない様にしていたな。

ツイッターでクリスマスは良いよねとか、
クリスマスは一年の中で唯一人に優しくしても
罪にならない日だから良いよねとか
むかし見た映画で聴いた楽しげな台詞をうそぶいてやろうかとも企んでみる。
適当な男が冗談だとは知らずに乗ってくるかも知れない。
やめた。
それって凄く面倒くさいよ。



屋上の風が耳と首筋を撫でる
私は髪の毛から出た耳に触る。
髪の毛が短いと寒いんだ。そう思い出した。
マフラーを買おうかな。でも清々しい気持ち。


クリスマスは明日一緒に過ごす友達を誘ってみようか?
彼女なら今年もクリスマスは暇なはずだろう。
実家暮らしならこういう時は家族と過ごせば楽しいけど、
独り暮らしはこういう時には嫌だな。
ともかく、その日は笑って過ごせると嬉しい。



結局、松屋を下る途中で3階のアンタイトルによってストールを買った。
肌触りが良いリネン製で、使い回しが良さそうなベージュのチェックの物だ。
商品タグをその場で切ってもらって首にぐるぐる巻いて、
端を胸元につっこんだ。これで暖かい。
私は松屋を後にした。


松屋の中央口を背にして、中央通りを右側に歩く。
陽が夕日に変っている。
道行く人々は寒そうにしている。
そんな人達の間を縫う様にして歩行者で溢れる中央通りを1人進む。


痛い。靴を踏まれた。
謝罪の声も聞こえない。
相手を見る。カップルが見えた。
私の足を踏んだのはカップルの男の方だった。
女の方は幸せそうしているけど
こんな男は100点満点の評価中マイナス5000点くらいだと思う。
ああ、凄く痛い。なんでこんなに痛いのだろう。
痛いんですけど。気づきもしないわけ?
それとも人を傷つけている事に気づいていても
無視しているの?

心の中で溜め息を吐いて道を歩く。
道行く人々の事がどうにも気になる。
中年夫婦の旦那の方がズボンのジッパーを開けて歩いてる。
まぬけだ。マイナス3000点だ。
まだまだ明るい街中で、
歩きながらチュッと彼女の唇にキスをした男はマイナス5000点。
不細工なカップルを見つける。マイナス3000点。
取り柄のなさそうな女の子の肩を顔の良い男が抱いている。
彼が私の視線に気が付いて少し微笑む。
うわナルシスト、美男子でも気持ち悪い。
マイナス4000点。
彼女が重そうな荷物を持っているのに持とうとしない男マイナス3000点。
臭そう。マイナス5000点。服のサイズが合っていない。マイナス3000点。
声が無駄にでかい。マイナス4000点。笑い声が下品。マイナス3000点。
マイナス3000点。マイナス2000点。マイナス5000点。
マイナス。マイナス。マイナス。


疲れた。私はなにやっているのだろう。
靴を踏まれたくらいで不機嫌になり過ぎよね。
気が付いたら中央通りのシャネルまでやってきていた。
ここのドアマンは良い男の確率が凄く高い。
背も高くてスタイルが良い。8頭身は確実にある
もちろん顔も良くて。なんと言うか雰囲気からして違う。
きっとモデルのアルバイトなのだろうと思う。
シャネルの物と思われる
ロング丈の黒色のチェスターコートが凄まじく似合っている。
中央通りに居を構えていて、ドアマンを置いている店を思い出そうとする。
フェラガモ、ヴァン・クリーフ、
アバクロ、ブルガリカルティエ、ハリー・ウィンストン。
覚えている店を上げるだけでも中央通りはドアマン天国だと分かる。
他にもちゃんと見ればドアマンが居る所はあるだろうなぁ。
日や時間帯によってもドアマンの有無は変ると思う。
案外モデルのアルバイトじゃなくて、警備会社の管轄なのかも知れない。
体育系出身者には背の高い人も多いだろうし。
でも中央通りのシャネルとフェラガモ、
晴海通りのグッチのドアマンはモデル出身だと思う。
日によって人も違うと思うけれど、ちょっと他とはレベルが違い過ぎる。
初めて見た時は海外の映画の登場人物と錯覚した程だ。


そんな事を考えていると心が少しだけ潤う。
美しいものについて考えるのは良い事だ。
中央通りをそのまま進む。
カルティエティファニーと4℃は見ない様にする。
というかもう一々反応するのは止めよう。
この先綺麗なダイヤモンドを売っているお店を見ても気にしない事にする。
せっかく髪の毛を切ったのだから。過去とかどうでもいいわ。


それから良い事を思いついた。
食欲が涌かなくて困っているのなら、
好きな食べ物を目の前においてしまえば良いのだ。
そうすれば嫌でも食欲は涌くんじゃないかな?
直ぐに良い店が思い当たる。
あそこなら、お茶も飲めるし食べ物もある。
1人で入っても大丈夫だし。場所も近い。
次の交差点で中央通りを左に曲がって銀座柳通りに入る。
柳通りは道幅は広くは無いけれど、
車道と歩道の間には街路樹として柳が並ぶ様に植えられている。
その通りを直進する。


そういえば夏祭りで聴く盆踊りの曲にも銀座の柳が出て来たっけ。
花は上野の、ちょいと銀座は柳、月は墨田の屋形船。だったかな。
間にはいるヨイヨイの掛け声が面白い。
こんな古い歌に歌われているのだから柳は銀座の象徴なのかもしれない。


柳通りの地下には有楽町線の銀座1丁目駅がある。
中央通りと交わる十字路周辺には地下鉄への出入り口がいくつも見える。
だけれど、銀座1丁目駅が銀座線とは繋がっていないのが不思議だ。
銀座1丁目駅の出入り口から
銀座駅の出入り口までは300メートルも離れている。
だから銀座線の駅が1つ増えて、
銀座1丁目駅に電車が停止したっておかしくないのに。
少し近いかもしれないけど山手線の日暮里と西日暮里はよりはましなはずだ。


柳通りを少し歩くと私が歩いていたガス灯通りとの十字路に出る。
その左向かいに私の好きなお店がある。
ガラス張りの建物の中に白い石で出来た柱が並ぶ。
この建物もまたパリにある建築物の様だった。
店の入り口が見える。
入り口の上にはティファニーを想像させる水色の可愛い日よけ。
quil-fait-bonとフランス語で書いてある。



そう、ここが私の好きなタルトのお店、キルフェボンだ。
以前はこの1つ先の道である西五番街通りにお店があったのだけど、
2年程前にここに移転して来た。
私の記憶が確かなら昔ここはスターバックスだったはずだ。
以前の一軒屋の店舗も可愛くて良かったけれど、
ビルに入ったここもパリの様で素敵だ。
1階が持ち帰り用のショップで、地下はカフェになっている。
ここでお茶を飲みながらタルトを食べられるんだ。


ショップの入り口の横にカフェ専用の地下に続く階段がある。
建物の外観も内装も可愛いのに、階段が急なのが少し難点だ。
エレベーターもあるのだけれどね。
階段の横には看板が出ていて、
今なら待たずにカフェの席に着けると書いてある。
よかった。移転した時は1時間ほど待つのが当り前で、
今でも休日のティータイムともなれば何十分もテーブルが空かない事が多い。
今日はそんな時間帯を避けられた様だ。
そろそろお茶というより夕食を食べようかという時刻になっていた。
綺麗な花束が飾り付けられた階段を下りてゆく。
するとカウンターとウエイティングルームがある。


店員にテーブルへと案内される。
キルフェボン銀座店のカフェは地下にあるのに天井が高くて開放感がある。
店内はテーマの違う3つのフロアに別れている。
私はテラスの様なフロアを通り越して
暖炉風のインテリアがある落ち着いた席に通された。
暖炉の上にある燭台が良い雰囲気を出している。
籐で編まれた椅子が背中に心地よく、
テーブルクロスも花柄でお洒落で嬉しくなる。
自分の家をこういう風には出来ないけれど、
たまに行くお気に入りのお店がこうだと楽しい。


メニューを眺める。
秋限定のタルトが載っている、
ティラミスのタルト。サツマイモを使った真っ白なタルト。
柿とチョコレートのタルトなんて物もある。
そうか、今は秋のタルトと冬のタルトの切り替わりの時期なんだと思った。
これからがチョコレートやリンゴを使ったタルトの本番だ。


どれも美味しそうで目移りする。
食欲が戻って来たのかもしれない。
結局よく食べる苺のタルトを選ぶ事にした。
目に付くタルトは何時でもこれだ。
苺の赤が光り輝いていて宝石みたいだなと思う。
それにこういう時は食べ慣れた物の方が良い様に思えた。
こんな状態の時に、食べた事の無いタルトを選択しては
胃が驚いてしまうかもしれない。


お茶は紅茶にする。
タルトにコーヒーを合せるという気はしない。
メニューを眺めているとアールグレイの文字が目に入る。
けれどそれを買ったばかりの事を思い出す。
しかも100gで2000円もする物だ。


それから胃に優しい物が良いと思って
ミルクティーを飲む事に決める。
アッサムティーがメニューにあって
そこにはミルクティーにするのが良いと書いてあった。
だからこれに決めた。
若い女の子の店員に注文する。
暫くすると爽やかな花柄が書かれた皿の上に乗ったタルトと紅茶がやってきた。
見た目が美味しそうなタルトはそれだけで素敵だ。
食欲が戻って来たっぽい。


タルトに手をつける前にミルクにした紅茶を飲む。
喉にトロりとしたミルクティーが暖かい
紅茶を飲むと心が落ち着く気がする。


フォークを持ってタルトの三角形の先端を崩す。
タルトは良いけれど、他のケーキに比べて
その粉のせいでお皿が汚くなってしまうのが少しだけ優雅ではないと思う。
でもその優雅ではないのがお菓子っぽくって良いなとも思う。
例えば、付き合ったばかりの男性の前では食べたく無い。
汚らしい印象を与えるかすが口元に付き易いし。


好きな人との食事は楽しいと思うけれど、醜い食事の仕方って汚い。
唇に食べカスが付いていたり、くちゃっとなる咀嚼音がしたり、
ソースがべったり残った白いお皿とか、汁物をすする音、
うっかり食べ物が口の中から飛び出してしまったり、
それと臭いのキツい食べ物を食べた後の口臭。
そういう物は食事であっても汚いと思う。


ああ、そういえば、私はこのお店に友達としか来た事が無いんだな。
恥ずかしい経験が無くてよかった。ここは楽しい想い出ばかりのお店だ。


そんな事を思い出しながら
細長い三角形に切り取られたタルトにフォークを突き立てる。
フォークの先端に突き刺さる尖ったタルトを
大きく開けた口のなかへといれて行く。
舌の上にタルトをそっと乗せる。硬い感触。
舌と上顎で固定、
それと前歯で少しだけタルトを噛んでフォークをゆっくりと引き抜く。
髪が短いと口にものを入れる時に楽な事を思い出した。
長めの時の様に一々髪を掻き上げたり抑えたりしなくて済む。
零れた生地が舌の上にコロリと落ちる。
甘さと独特のしっとりした野暮ったさがなかで広がる。
それから口内で苺とタルト生地を咀嚼して行く。
美味しい。
酸っぱさと甘さが交互にやって来てやがては混ざって1つになって行く。
まだタルトが口内に残っているうちに
白く濁るミルクティを飲んでカスを喉の奧に流し込む。
ごきゅっと喉が音を立てた。


唇を少しだけ開けて、間からゆっくりと空気を吐く。溜め息。


だめだ、もう食べられないや。
なんか悔しいなと思う。
こんな美味しい物をちゃんと食べる事が出来ないなんて。
悔しくて頬張る様にして残りのタルトを全部噛み砕いて強引に胃に流し込んだ。
キルフェボンのタルトはこんなにも美味しいのに。
紅茶を飲んで、紅茶を飲んだ私は、また紅茶を飲んだ。



空になったお皿は綺麗に咲いている花柄の模様が良く見えた。
また溜め息を付いてからトイレを借りた。
ここのトイレはきれいで可愛い。
壁は白を基調としていて床は大小のタイルがアーガイル模様を描いている。


だけど、トイレの個室の使用中を示す表示が
良くある赤と青ではなくてフランス語表記なのが少し紛らわしい。
Occupeが使用中で、Libreは空室だ。
Libreはリブレと読んで、自由を意味している。
英語のリベラルにも繋がるフランス語だったはず。
因にOccupeはオキュペと読む。
このトイレのお陰でそんな事を覚えた。
これでパリに行ってもトイレには困らないかも知れない。


用を足して洗面所で手を洗う。
お湯を出す取手と冷水を出す取手は別々になっている。
バーを少し動かしてお湯を出す。
ステンレス製のハンドソープ容れを押して洗剤を出す。
白い洗面器にステレンス製品って凄く似合うと思う。
キルフェボン銀座の手洗いは洗面台の1つ1つに
ペーパータオルを収めた容器が置いてある。
足下にはペダルを踏みつけると扉が開閉するタイプのゴミ箱。
これらもステンレスと白で、だから統一感を保っている。
良いなと思う反面、
トイレは別なのに洗面所が男女共用なので化粧直しとかはし難い。
そこは少し困り物だ。


他に誰も洗面所を使っている人が居ないのを良い事に
鏡を見て、髪を切ったばかりの自分の顔を見つめた。
今日はいっぱい買い物したな。お金も使った。
私はなぜか今になって自分の顔が馬鹿らしい様に思えて来る。
その時、隣の洗面台に人がやって来た。女性だ。
鏡越しに隣人の顔を静かに観察する。
自分の顔はまぁ良いかと思える。
ペーパータオルを1枚取り出して手を拭う。
ゴミ箱のペダルを踏んでしわくちゃになったそれを丸めて勢いよく捨てた。


席に戻って残りのミルクティーを飲み干した。
この後どうしようか考える。
もう帰ろう。



お会計を済ませて階段を上る。
無理矢理食べ物を流し込んだ胃に登り階段は少し重い。
外に出る。辺りはもう暗くなっていた。
ガス灯通りの街灯が品よく輝いている。
これは本物かな?偽物かな?
どうやって帰ろうかと思う。



銀座駅や有楽町駅まで歩く選択肢もあるけれど、
足が疲れていた。
それに明日は友達との予定があるのだから今日は早く家に帰って休もう。
だから地下鉄メトロの銀座一丁目駅を使って
有楽町駅に向かう事にする。


来た道を松屋の方へと戻る。
入り口を見つけて階段を下りた。
PASMOを使って改札口を開ける。
ホームについてすぐに電車が来た。
先がまるっこくて、銀色の車体に走るラインが
橙色で清潔でなんか可愛らしい。


1つ先の有楽町駅には直ぐに着く。
電車からホームに降りて2階にあるJRのホームへと向かう。
この駅は古い。
いつ新しくなるのだろう?
地震が来ても大丈夫なのだろうか?
何か大きなショックが来たら、足場からそのまま崩れてしまう様な印象を抱く。
いい加減、立て替えてショックにも強くするべきだと思うのだけど。
建物を補強や立て替えをしてショックに強くするのは
私が思っている以上に手の掛かる事なのかもしれない。
そんな駅から電車に乗って私は自分の家に帰宅した。




家に着く。誰もいない自宅の空気はいつでも冷やかだ。
靴を脱いで早々、ショップバッグからポール&ジョーのバッグを取り出す。
鏡の前に立って色々なポーズをしてみる。
着ている上着を脱いで買ったマフラーを椅子に掛ける。
クローゼットから別の洋服を取り出して着る。
再びバッグを持って鏡の前に立つ。そんな事を何回か繰り返して私は満足する。
うん、このバッグは猫柄が可愛いけれど思ったより色々な服に合いそうだ。


家のカーテンを閉めていない事に気が付く。閉める。
窓から見た外は真っ暗だった。何も見えない。
空調機器のスイッチを点ける。
それから服を全て脱いで下着姿になる。
エポカのドレスを着る。オフホワイトを選んで正解だった。
ポール&ジョーのバッグを持つ。
この組み合わせは少し私らしく無い様に思えた。
でも新しい髪の色とは合っているかも。
なんだか鏡の中の自分が自分ではないみたいだ。
明日はこのドレスにコートを着ていくとしてバッグはどうしようかな?
友達にイメージの代わり具合をすごいつっこまれそうな気もする。
でもそれも笑えるかな?それとももっと大人しいバッグにしようか。
後でお風呂にでも入りながら考えよっかな。
お風呂にはバスソルトも入れてしまうかと考える。
以前友達に貰った瓶に入った桜色のバスソルトがとても良い匂いで、
それを使い切った後にネットを使って同じ物を自分で取り寄せたのだ。
急な連絡にも対応してくれた明日会う友達に1瓶上げようかな。
きっと彼女なら気に入ってくれるはずだ。


ドレスを脱いで皺が付かない様に注意してハンガーにかける。
ドレッサーにバッグを置いて隣には
袋から出したディオールのコスメの箱を綺麗に並べる。
それに高かった紅茶の缶も。
その光景がまるで何かの宗教の祭壇の様に思える。なかなか絵になっている。
絵画で、テーブルの上に置かれた果物や食器や花々を描いた物があるけれど、
絵を描く為にああいった物を並べた画家も
同じ様な気持ちかも知れないと想像する。
面白い気持ち。
鏡には私の新しい顔と、今日買った物が一緒に映っている。


不意に私は顔を横に向けた。
カーテンのわずかに空いた隙間から、外を見た。
街灯か通りかかった車のライトなのか、光が窓に反射して見えた。
直ぐに光は消える。


私の目から涙が出て来て、今日一日のわたしを全て分かった気がした。
わたしはきっと酷い恋をしていたんだ。
彼の事、好きじゃなかったなと思う。馬鹿じゃないの?
なんだかとても悲しい。
それに比べて、好きな人に振られたり、
好きだった人を振った恋は良い想い出だなと思う。
色々な事を残してくれるし忘れた振りも楽しいし。


涙があふれる目を抑えたけど、意味がない。
鏡台のティッシュを掴んで引き抜く。
なんでわたし、下着姿で1人で泣いているのだろう。
だけどこの恋はなにも残さないかな。ほんとうに心から全て忘れてしまいそう。
でも悪くなかったとも思う。
彼の事を好きと思えていたし、好きじゃなかったけど。
好きだった所も探して何個も上げられるし。どうでもいいけど。
きっと結局この恋は忘れられないな。
今日のわたしはすべて分かったから混乱していたんだ。
色々買い物しちゃったな。どれもむだな買い物ではなかったとは思うけど。
ああ、早く忘れてしまうんだろうな。
とりあえず涙が止めようとしても止まらない事を理解する。
泣き続ける。くやしいしかなしい。
もっと明るくいきたい。
恋やセックスなんてどれだけしたっていいのにもうつかれたな。
かなしいけど今のわたしはなんだかおかしいな。


なみだで目がしみて、少しいたい。
恋に恋する年なんてとっくのむかしに終わっていたと思ったけど。
むずかしいな。わたしは本当はなにを欲しかったんだろう。
彼の事とても好きだったな。どうでもいいかな。
なにを必要としていんだろう。
なにもいらなかったのかも。すべてむだな経験だったのかも。
ほんとうに酷い恋だったな。わすれたいな。
いい事もあったよ。
いろいろよい想い出もあったな。ばかばかしいな。
なんで今はわたし、1人なんだろう。


しばらく泣き続けて、
わたしは自分のかたわらにぐしゃぐしゃのティッシュの山を作った。
もう折角のアイメイクがボロボロに落ちているじゃない。
どうせすぐにお風呂入るからいいんだけど。
ドレッサーの鏡を再び見る。赤い目。
明日。目が腫れていたら凄く嫌だな。折角の気分転換なのに。
髪が乱れている事にも気づく。わたしの髪の毛短くなったなぁ。
腫れた目は冷やすと良いんだっけ?冷えピタとか?それは目にしみそう。



ああもう1ヶ月後はクリスマスなのにな。
兎に角まずは明日を友達と一緒に楽しもう。
一番仲が良い友達を二次会に誘って愚痴を沢山言おうかな。
レストランは丸の内にあるし、丸の内のバーとか良さそう。
でもわたし自身はお洒落な所とか知らないけど、
以前男に連れて行かれた所に行くの嫌だし。
だったら日比谷バーでも良いし。
それもいい。もう本当にかなしい。


クリスマスには笑えていたらそれは幸せな事かな。
恋の事で凄い落ち込んでいるなんて思われるのはわたしはとても嫌だ。
好きだったな、どうでもいいけど。面倒くさい。酷い恋だった。
笑えて。すごく泣ける。また涙が出てくる。


とりあえず、
すごくお腹がへったな。
冷蔵庫に何かあったかな。



とりあえず、
「何か食べたい」






【クリスマスイヴの短編】
〈髪切って、歩いて、飲んで食べて結局泣いた/おわり〉









クリスマス。
それに続く新年にも。
皆さんに笑えて生きる事を繋ぐ様な多くの深刻な悩みがありますように。
そしてそれでいながら、悩みがあるからこそ沸き上がる
楽しさ軽やかさ穏やかさと興奮、
クールさパワフルさキュートさ美しさが溢れる人生があるように祈っています。


大抵の問題はお腹が空いた時点で7割は解決していて、
ある日、霧が晴れる様に、
空に溜まった雲がやがて雨として地上に降り注ぐのが
自然の摂理である事と同じ様に、
まったく当り前な事の様に、急に一瞬で解決される物だと思っています。
大切なのは水を体内に貯め過ぎては中毒症状が起こる様に
その降り注ぐ雨を溜め込んで毒とする事では無く、
涙に換える事なのだと信じています。
大地に降り注ぐ雨の様に。



キャバレー/ジャスティン・ティンバーレイク(feat ドレイク)
Cabaret/justin Timberlake (feat. Drake)











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