【クリスマスの短編】髪切って、歩いて、飲んで食べて結局泣いた/前編

【クリスマスの短編】
髪切って、歩いて、
飲んで食べて結局泣いた/前編
後編は↓こちらです。
http://d.hatena.ne.jp/torasang001/20140110/1389367320





長めの
髪を切った。


こう言う時に長めとかミディアムな長さの髪型で良かったと思う。
以前、経理の子が長かった髪をばっさりと短くして、
人の気持ちが分からない男達に
その事を一々触れられていたのを社員食堂で見た事がある。
髪型の変化に必ず気が付けば良いという訳でもないのに。
誰彼構わず触れて欲しい訳ではないのに。馬鹿な男達。
髪型の小さな変化には気が付かないのに、
気付ける大きな変化を見つけると
俺は人の心が分かっているのだと言う様にその事で話しかけて来る。
くだらない事を聞いて、睨みつけられているのにそれが分らないんだ。
私はミディアムだからショートヘアーになっても
会社ではさほど指摘はされないだろうと思う。


銀座の美容院に行くのは久しぶりだった。
今までは表参道の美容院にまで行っていたのに。
腕のいい美容師が居て、友達が彼を紹介してくれたのだ。
彼女は彼の事を腕が良くて結構顔が良くってさと笑いながら私に紹介した。
彼女の紹介だからと、彼を指名してみた。
腕が良いのは本当で、だから私も彼の事は気に入っていた。
美容師には2種類のタイプが居ると思う。
1つ目は美容院から出る時に髪型が完璧である様に仕上げるタイプ。
2つ目は美容院に行った1週間後くらいに
髪型が完璧になるように仕上げるタイプ。
もちろんこれがカットじゃなくてヘアセットやカラーだと話は変わる。
私は2つ目の方が好みだった。
だって、美容院から出たら徐々に髪型が衰えて行くとか嫌じゃない。


友達が紹介してくれた彼は後者のタイプだった。
だから良く通っていたのだけれど、
友達とその美容師が寝たと聞いてなんだか行きづらくなってしまった。
その事は友達の口から直接聴いた。
付き合っている訳ではないけれど、寝たのは1回2回ではないらしい。
その事をどうこう言うつもりはないけど、
あの美容師には顔を合わせづらいなと思う。
笑顔が良くて、話もスマートだったけれど、
彼にはもう私の髪の毛に触れて欲しく無いと感じている。
彼は彼女の様な女性がタイプなのだろうか。


だから代わりの店を探さなくてはならなかった。
友達にお勧めの美容院を尋ねるもの嫌だったので、
自宅で使っているノートパソコンであるマックブックを使って
グーグルで適当なヘアサロンを検索した。



あの時は仕事終わりの平日の夜で帰ってすぐにお風呂に入った。
浴室から出て薄いピンク色のボトルをプッシュして乳液をコットンに置く、
そして顔に馴染ませる。
それからちふれの化粧水をばしゃばしゃと顔や身体に塗りたくる。
ちふれの製品は品質が良いのはもちろん
値段が安いので惜しみなく使える所が良い。
値段が高い化粧水を神経質に少しずつ身体に塗るのはどうにも精神的に悪そうで
果たしてそれが美容的には良いのだろうかと思ってしまう。
その点ちふれの物は気軽に使える。
ラインで揃えるのも良いのだろうけど、私にはこちらの方が合っている。
例えばいま乳液を使っているアルビオンの化粧水や
シャネルの物だったらこんなには量を使えない。
もっともそれらやランコムやスックやヘレナの化粧水だったら
沢山使う必要も無いのだろうけれど。
最後にアルビオンの美容液を使う。
ボトルのノズルを2回プッシュして顔に塗る。
手の平で顔をゆっくりと押しては離す。
この動作の効果の有無ややり方については
未だに雑誌やテレビでも議論が続いている。
私もずいぶん前に友達と何気なくこの事を話して
言い争いになりそうになった事がある。


化粧水を安く大量に使える物にしている分、
乳液と美容液は少し良い物を使っていた。
この組み合わせにしてから肌にトラブルが起こった事は無い。
先行乳液にも慣れて来た。
もう少し年を取ったら私もクレ・ド・ポーや
SK-IIなんかを使う様になるのだろうかと考える。
あまり基礎化粧品にお金は掛けたく無いなと思う。
それともそのうち肌の事なんて気にならなくなるのかも知れない。


暖房が入った室内は11月でも暖かい。
ボディクリームを手に取って足から始め腕、首と胸元にマッサージしていく。
終わったら部屋に干していた洗濯物を畳んで棚にしまう。
朝、椅子に掛けっぱなしにしていた部屋着を取り出して着る。
独り暮らしは気軽だ。


やっと落ち着く。
適当にハーブティーを入れてマックブックを持ってベッドの上に転がる。
疲れているから洗濯物を畳むのは億劫だった。
でもこれから美容院を調べようと言うのに
部屋が乱雑なままなのは何か情けない気がしたので頑張った。


ハーブティーで口を潤して、
夕食代わりのソイジョイアプリコット味を頬張る。
最近は食欲がわかない。そろそろやばいと思う。
細長の固形を齧っては良く噛んで飲込む。
残りかすをハーブティーで流し込んだ。



グーグルで美容院を具体的に検索する前に
一体どの地域の美容院に行けば良いのだろうかと考えた。
前と同じ表参道?新宿?渋谷?六本木?赤阪?池袋?


表参道。気分転換したいのに以前と同じ場所はあり得ない。
新宿。人ごみのあり方がどうも苦手。あの町は少し汚くて疲れる。
渋谷。もっと苦手。
ヒカリエが出来てから大分マシにはなったけどまだそれだけだ。
六本木。赤阪。ここは昼間1人で遊ぶ街ではない。
池袋はあまり良く分からない。


考えて結果が出る。
山手線の左半分右半分どちらにも行きやすい場所に住みながらも、
結局私にはその右半分、
特に北は神田から南は浜松町までのエリアが合っているらしい、
その中で美容院を探すとなれば、
有楽町から銀座を抜けて新橋駅までは行かない範囲での事となるだろう。


グーグルに有楽町 銀座 "美容院 ヘアサロン"と入力する。
検索結果にホットペーパービューティーの有楽町周辺の
美容院を載せてるページがあった。
ああ、ここで探せばいいのか。思えばネットを使って美容院を探した事が無い。
そのページを適当に流し読みをしていると
銀座の並木通りにあるDERA'Sという店が目に止まった。
銀座で20年以上営業しているという。
写真を見ると店内は移転か改築をしたのか綺麗でナチュラルな内装をしている。
良さそうな気がした。レビューを見ても評判は良い。
美容師の腕など実際に髪を切られるまで分らないのだから
適当に決めてしまえと思う。
20年の実績ときれいな店内。それで十分じゃない。
ネットからも予約が出来る様なので、
店側のスケジュールを見て空いている日を確認する。
私は今週末の土曜日、その午前中に髪が切ろうと決めている。
だめだ。その時刻は既に予約で埋まっている。
まあ日時的に当り前よねと思う。
日曜日ならば空いていたけれど、
次の日が月曜日なのに髪を切るのは嫌だなと思う。
土曜日の午後も考えたけれど、一刻も早く髪を切ってしまいたい。


仕方ないと思ってDERA'Sという美容院を諦める。
次に目に付いたのがdrive for gardenという店だった。
ページには当店ではカジュアル感にトレンドを加えた
伸びかけもキレイな髪型が人気ですと書いてある。
この店のレビュー上での評判は良い。
これは良いな思う。店の空席状況を確認すると午前中にも空きがある。
よかった。これ以上待てなかった。
今週末には意地でも髪の毛を切るつもりだった。
少し前までは気に入っていた髪型も今では随分と鬱陶しく感じる。


ホットペーパービューティー専用のクーポン券もあるらしい。
どの美容師をしようか迷う。
ページには美容師それぞれの顔写真と簡単な自己紹介文が書いてある。
スタイリストよりトップスタイリストを指名する方が
値段が高くなるのは何処でも同じだ。
どうしようか迷って奮発する事にした。
銀座の美容院でその店のトップスタイリストに髪を切ってもらう。
これでもし変な髪型になっても自分の責任にはならないと思う。
もし気に食わなかったら心の中で一切遠慮せずに罵ってやろう。
あと友達にも悪評を周知させてやる。


選んだクーポン券はカットとヘアカラーとトリートメントが
一緒になっているコースの物だ。
次に担当するトップスタイリストを選ぶ。
男性にしようか女性にしようか悩む。少し悩んで女の子に決めた。
彼女の自己紹介には髪質を生かしたシンプルなスタイルが得意で、
ロングからショートへのイメージチェンジも得意ですと書いてある。
これは良いなと思って、
彼女を指名して私の情報や要望を簡単に書いて予約を済ませた。



息をゆっくり吐き出して深呼吸。
テレビのスイッチを点けて、冷蔵庫からよなよなビールを取り出す。
少し高いけれどどうにも発泡酒が苦手で
その辺のビールに何十円か足せばこの美味しいビールを飲めるのだから嬉しい。
テレビではドラマがやっている。
少し古い少女漫画が原作で私も学生の頃に読んだ事がある。
二十歳を過ぎた男の子が高校生役をやっているのは面白いけれど、
ドラマ自体が結構面白いからそこは別に良いかな。
プルタブを開けてビールを少し口に含む。
最近お酒がおいしく無いな、酔えるからいいけど。


しばらくドラマを見ているとグラッと床が揺れた。地震だ。
一瞬気のせいかとも思ったけど、違う。
テレビに地震速報が出る、ベッドの上のパソコンでツイッターにアクセスする。
フォローしている皆が口々に地震だ!と慌てている。
私もわぁ!地震だ!と文字を打ち込み投稿する。
画面に映る皆の発言に混じって私の言葉が並ぶ。
一体感が何だか楽しい。
私の言葉に対して
知人の女の子からこっちはあまり揺れなかったという返信が来る。
東京でも場所によって揺れの違いがあるらしい。彼女に思った事を返信する。
次に男性と思われるアカウントから返信が来る。
私の事を心配しているつもりらしい。
テーブルの上の物が落ちそうになりましたけど大丈夫ですと返す。
その後に男性がまた何か送って来たけど、
一回は返信したのだし失礼はしてないだろうと放っておく。どうでもでいいや。


地震か。大きな地震が来たら私も死んでしまうのだろうか。
いま着けている下着が使い古してボロくなった物を
家用に回した物だったと思い出す。
さっきの地震が大きくて私が死んだら、私の体はこの建物の下から発見される。
そのとき私は古びれた下着を着けていて化粧もしてない。
そんな姿をレスキュー隊や自衛隊の人に発見される。それはやだなぁと思う。
それともそんな事が分らないくらいにペシャンコになってしまうのだろうか。


嫌だなぁ。
ビールを1本空けた私は
気が付いたら布団に入って寝ていた。




美容院に行く日、当時の今日は地下鉄の銀座駅で降りてB3出口を目指した。
地下道を歩くうちに灰色の地面が高級感のある黒い石畳に切り替わる。
改札口を出たばかりで騒がしかった人ごみが
色々な所に散って徐々に静かになって行く。
駅から繋がる地下に在るエンポリオ・アルマーニの店舗が見える。
いま私が居るのは地下2階部分に当る。店舗横にある階段を上る。
上がった所が地下1階。
再びエンポリオ・アルマーニの店舗があって横を通り過ぎる。
真っすぐ行くと地上に出る階段がある。
確か地下2階がウィメンズで地下1階がメンズだったと思う。
以前地下1階には行った事がある。
階段を登る途中で地上から空気が吹き込んで来る。
11月の風を感じる。コートの前ボタンを閉める。


地上に出る。真横にはジョルジョ・アルマーニのアクセサリー売り場が見える。
つまり銀座駅のB3出口はアルマーニの店舗に併設されている訳だ。
このビルは11階まであって地下2階から地上5階くらいまでがアパレル。
上階にはアルマーニが運営するエステやレストランが入っている。
以前、外食好きでお腹と背中の肩周りがぽちゃりとしている女友達が
私の誕生日にランチをごちそうしてくれた事がある。
料理が美味しいのは勿論だけど、店内は暗くライトアップされていて、
金色のインテリアやテーブルが、
上野の美術館で見たクリムトの絵画みたいで凄かった事を覚えている。


ビルの真っ黒な軒下を抜けてやっと街中に出る。
午前10時だというのに、土曜日だから人が多い。
空を見る。11月の空は雲がないのにも関わらず灰色で
寒さが本格化している事を感じさせた。
アルマーニビルは夜見ると数百のキャンドルライトが点灯しているみたいで
幻想的で綺麗なのだけど、
昼間のビルは清潔で高級そうな黒い長方形の建物だった。


B3出口から出た通りは銀座の西五番街通りだ。
銀座の他の通りに比べると道幅は大きく無い。
すぐ向かい側にはディオールのビルが見える。
この狭い通りの入り口はアルマーニディオールに挟まれているというわけ。
ディオールのビルは細長くて、ガラス張りなのに室内が見える様な窓がない。
まるで銀色の紙でラッピングされている様に見える。
最近売ってる女性向けの10本入りの煙草の箱みたいだ。
そう考えた後で、それをいうなら口紅の外箱だろうと苦笑する。
実際目の前のビルとディオールの口紅の外箱はそっくりだったはずだ。
煙草の箱だって、デザインの元はそれだったと思う。
あれはバッグに入れやすいし、一見すると煙草に見えない。
そちらの方を先に想像してしまったのは、
このまえ久しぶりに煙草を吸ったからだと思う。
二十歳の頃になぜ吸っていたのかが分らない位には美味しくなかった。
あの頃だって、美味しいと思って吸っては居なかったけれど。
でも、親切にしたがっている男達に
私が指で持つ細長いタバコの先に
彼らのライターで火をつけさせるのは良い気分だったかな。


アルマーニビルを背にして西五番街通りを右方面に行く。
歩道、白のレンガ道を歩いて行く。
車道は黒のレンガでそのコントラストがモダンだ。



少し歩くと居酒屋の笹甚の入り口が見えて来る。
この店は利用し易い価格設定で更に日本酒の品揃えも豊富だ。
だから何度か利用した事がある。アンキモとカツオのたたきが美味しかった。
銀座は都会だけど、築地が近いからかご飯、特に魚介類が結構美味しい。


そしてすぐ隣りがガラである事を思い出して思わず下を向いて歩く。
ガラは指輪を扱ってるジュエリーで、結婚指輪で有名だった。
以前、友達からふざけて借りたゼクシィにもガラの広告が載っていた。
実際に店の中に入った事もある。
並べられた指輪はどれも幸せそうで綺麗いだった。
でも、今は店を、特に中に居るカップルを見たくは無かった。


通りの向い側のジャン・ポール・ゴルチエを見て心を紛らわせる。
ガラス窓の向こうにある大きなロゴが青白く光っている。
隣にはなぜか宇宙服を着たモデルの写真。
ここの服が似合う女性は格好いいと思うけれど私には無理かな。


チョコレートの匂いが鼻をくすぐる。前を向く。
ガラの隣は有名なチョコレート屋が軒を連ねる通称ショコラ通りだ。
ベルギーのピエールマルコリーニを始め4つのチョコレート屋が建っている。
土曜日の今日はすでに人で賑わってる。
私も去年今年とここを利用した事がある。
去年がピエールマルコリーニ、
今年がアルマーニが運営しているアルマーニドルチだ。
両方ともバレンタインデーの季節に利用した時、
ついでに自分の分も買って食べた。
とても美味しかった。
けど、普段はチョコレートなんて明治やダースで済ませてしまうので、
残りのイルサンジェーとジョエルデュランは何時食べられるか判らない。


なんで私はこの通りを選んだのだろう?
地下鉄のA1出口を選んでも美容院までの距離は大して違いなかったのに。
早く髪の毛を切りたい。私は早歩きになる。
ビル全体がエステサロンのオージオに差し掛かる。
このまえ結婚した会社の後輩が、
結婚式の前にここでブライダルエステをしたと言ってたっけ。
まあいいや。そう思って道の反対側にあるコメ兵の前に渡る。



コメ兵は高級ブランドのリサイクルショップだ。
ブラウン色のみゆきビルの1階から4階までを占めている。
元々は銀座の入り口である有楽町に店舗があった。
2、3年前にここに移転した来た。
その時にはブランド街のど真ん中でリサイクルショップの商売を始めるとは
凄い度胸だと思った物だ。
元々はこのビルにはスーツで有名なゼニアが入っていたはずだ。


誰にも言った事がないのだけれど、
以前ここでコーチのバッグを買った事がある。
コーチのバッグは容量や収納が素晴らしくてとんでもなく使いやすくて、
エルメスやヴィトンの様に硬く重い皮じゃないのが良かった。
だから仕事にも持って行きやすくて、
通勤の為に買い足すならば綺麗目のリサイクル品でも良いと思った。
実際そのとき買ったのもA4サイズの資料が入る大きさのバッグで、
収納が3つに別れていた。
真ん中がジッパー付き、右がボタン止め、左が常にオープンになっている物で、
とても大切な物、大切な物、普通の物と分ける事が出来た。
ジッパーがあるから満員電車に乗る時でも安心で、
だけれど、オープンな収納もあるから
ハンカチや定期入れなんかは簡単に取り出せた。
汚れや皺にも強かった様で、今でも結構綺麗で使う事も多い。


コメ兵がある所で西五番街通りはみゆき通りと当って十字路になる。
みゆき通りは銀座を北から南へと真っすぐに抜ける通りで、
一方通行の2車線になっている。だから西五番街通りよりは若干大きい。
春になると、街路樹のヒトツバタゴが咲かす白い花が綺麗なのだけれど、
今は裸の樹木が冬の風に寂しそうに揺れているだけだ。
その横に立っている、天辺に鶏が乗っている蒼い街灯はレトロでお洒落なのに。


横断歩道。十字路の向こう岸に渡る。
シックな黒と灰色のレンガで出来たセオリーの路面店が目の前にある。
セオリーのスーツは持っているし、この店で買い物をした事もある。
ここのスーツはタイトだけれど
生地にストレッチが効いていて丈夫で動きやすい。
それにデザインがもの凄くシンプルだから
色々なインナーやバッグや靴にも合わせやすい。
なんだ、私はコーチとかセオリーとかアメリカのブランド、
特に機能性を重視した物が好きなのだなと今になって気が付いた。


昔、表参道の美容院で読んだヴォーグに
御洒落やエレガントには肉体の拘束や、
身体を動かし難い事が付いて回ると読んだ事がある。
確かに長いスカートじゃ動きにくいし、
ドレッシーな肩が出たミニのワンピースじゃ動けない。
その点、私が好きな洋服はエレガントじゃないかも知れない。
でも最近は、そういうエレガントじゃない服を
あまり着ていなかったかなと思い出す。
思えば自分の好みを制限してたのかもしれない。
それが分かると少しだけせいせいした気分になる。
新しい髪型が悪く無かったら、後で自分の為に洋服でも買おうかな?



セオリーを右手にみゆき通りを南下する。
歩道が茶と白のレンガに、車道がアスファルトのグレイに変る。
少し歩くとフォクシーの本店に差し掛かる。
白くつやりとした石で出来た壁面。
大きなショーウィンドーと小窓。
ウィンドーには装飾された鉄作、小窓には赤い日よけが付いている。
ここだけ見たら間違いなくパリの街中だ。


パリには行った事がない。
昔は人並みの女の子らしくパリに淡い憧れを持っていた。
けれど実際に言った事のある友達が言うには
汚くてあまりよくなかったらしいので、
興味を無くしつつある。
だから旅行するならアメリカか北欧かドイツ、それかバリ島が良いかな。
でもどうだろう。あの友達の体験談も、
パリを貶した方が知ったかぶりをできるから
あんな事を言っているだけなのかも知れない。


フォクシー本店のお洒落なショーウィンドーには
素敵なワンピースやドレスが並んでいる。
女性でここの服が嫌いだと言う人は滅多に居ないと思う。
自分に似合うか似合わないかは別の事としての話しだ。
ファッションビルや駅ビルに入っている名の知れたメーカーでも
フォクシー風の洋服を扱ってるのがその証拠だろう。
嫌ってる人も例えばだけれど自分に年頃の娘が居て、
その娘がここのワンピースが似合っていたら悪い気はしないと思う。


私には似合うかな?と考える。
でも、カットソーが1枚6万円もする事を思い出して考えを引っ込めた。
日常で使う事は難しいを通り越して無理だ。
ワンピースを1着買って試す事も難しい。
そう思うとフォクシー風の洋服が売られているのは良く分かる。


そう言えば以前読んだ小説で
フォクシーという名称の薬が出て来た事を思い出す。
なんだっけ?女性小説家が書いた恋愛小説で相手が黒人の男性だったはず。
フォクシーは媚薬の別名だったかな。
媚薬って効果があるのだろうか?
もし飲んだだけでどうでもいい相手に欲情できるならばそれって凄い。
だってこの世界に欲情で来たり興奮出来たり、
それ所か興味を持てるものって少ないものね。
同僚がミュージシャンやお笑い芸人に夢中になっているのを話しで聴くけれど
彼らのどこが良いのか私にはわからない。
けれど誰かに夢中になる気持ちは痛い程良く分かる。
だから欲情出来たり、
夢中になれる相手が多いの事は良い事も知れないと思える。
でもそういう人は1人居れば良いのかな。良く分からない。
夢中になれる人が多いと年がら年中楽しいだろうな。
私はずっと楽しくは生きられていない。


ファッションブランドのフォクシーと媚薬のフォクシー。
名前の由来は、この2つとも同じなのかな?



そんな事を考えていたら美容院が入っている銀座尾張町タワーに着いていた。
見るからに清潔そうな建物。
それもそのはずでここは2年程前に建ったのだ。
みゆき通りとすずらん通りが交わる十字路の角に建っている。


無事に辿り着けたと安心する。
スマートフォンの地図を見ずに済んだ。
地図を使って目的地に向かうのは苦労するけれど、
通りの名前や立ち並ぶ店を思い出しながら歩くと簡単に着けるのは不思議だ。
でもファッションに興味がない女の子だったらこのやり方はだめだろうなあ。


すずらん通りの方へ右折すると再び車道がレンガ張りの様な道路になる。
ビルの入り口が見えた。扉もなくトンネルの様になっている中に入る。
こう言う場所も玄関ポーチって言うのかしら?
ポーチに入って直ぐに案内板がある。drive for gardenは5階だ。
エレベーターのボタンを押す。
すると2機あるエレベーターのうち左側の物がすぐに着た。


乗る。5階のボタンを押す。エレベーターの扉が閉じて上昇する。
少し緊張しなくも無い。初めてのお店だからだろう。
5階に着いて扉が開く。エレベーターを降りて受付に向かう。
木を使った内装が目を惹く。
床はナチュラルな色で、壁や受付のカウンターは
質の良い木材に何回もニスを塗った様に深い黒色をしている


予約していた時間より僅かに早く着いた。
スムーズに行けばちょうど良い時間だと思う。
受付を済ませて椅子に座っていると数分で名前を呼ばれる。
美容院のメインスペースに向かって歩く。
こういうインテリアを何調と言うのだろう?
白い壁に並ぶ長方形の大きなガラス窓からは暖かな陽が入っている。
アンティークを思わせる重厚な木材を使った家具や鏡台。
大きなライトが着いた天井は
白く塗られて統一されたパイプなどがむき出しになっている。
だからだろうか、大きな窓と合わさってビルの中だというのに開放感がある。
良いなぁと思う。
そういえば家にトイレットペーパーの控えがない事を思い出した。
帰りに買わないと。なんで思い出し方は自分でも良く分からないけれど。


専用のシャワー台で髪を濡らされてから鏡の前の椅子に座る。
指名した美容師の子はサイトの写真より髪が短かくなっていた。
細いスキニーにきつね色のモンキーブーツ。
身体が細過ぎだけど、そこに乗る黒髪のショートヘアーが良く似合っていた。
可愛いより格好いいと言われるタイプの女の子だ。


初めてのご利用ですね指名して頂いてありがとうございます
という彼女の言葉。唇に穏やかな笑みを浮かべたクールな表情。
私は笑顔で頷いてフォクシーのショーウィンドーを目印に来たから
迷わずに済んだと言う。
一瞬の後、彼女は直ぐにええ、あそこの洋服は素敵ですよね、
私には似合いませんけどと言う。私は笑って同じ気持ちと答えた。


彼女は入店してからの私を良く観察している様だ。
服装や髪型に持っているバッグから
私の服装の趣味や趣向を予想していると思う。
それもきっとそんなには間違っていない予想だ。


現在の髪型や希望は既にネットで伝えてある。
彼女が私の濡れた髪の毛を優しく触る。
ゆっくりと波打った髪の毛が鎖骨や肩甲骨に触る。
イメージチェンジしたいのと言うと、
彼女は表情を変えずに分かりましたと言った。


ああ、当たりの美容師を引いたなと思う。
めんどくさくかったり馴れ馴れしかったり
無意味にこちらを笑わせようとする人はいけない。
彼女はこちらの気持ちを汲み取ってくれていると感じる。


彼女の返事に続いて私はだから美容院も変えてみようかなって。
今までは表参道のお店を使っていたんだけどと話しをする。
そうですか、
ではいつもよりがんばりますとクールな顔のまま言う彼女が妙に面白い。
それから具体的な髪型を相談して決める。
カラーチャートを見て私の髪質と相談しながら染める色を決める。
彼女の説明は簡素でとても分かりやすかった。
そうして全部が決まった。あとは任せるだけだ。それで終わる。
新しい髪型になる。想像するだけで気分が良い様な気もして来る。



彼女が腰に着けたシザーバッグからハサミを取り出す。
細い手が荒れているけれど、腰も凄い細いなと思う。
ハサミが私の髪の毛に入って行く。


ああよかった。これで髪が長い私はもう居ないんだと安心する。
思えば人生の中で肩に届く髪の毛の長さなんて珍しかった。
その時期の写真も全部捨てたし、
これでミディアムヘアーの私なんてもう居ない。
友達や会社の子と撮った写真は
彼女達のスマートフォンに残っているだろうけれど、それはそれ。
私の見える範囲にはもう居ない。それで納得する。
思えば無理していたな。無理なんか良く無いんだ。


これでもしなんらかの偶然が起こって街中で彼に出くわしても怯えずに済む。
髪が長いままだったら彼に未練が残っていると思われてしまうかも知れない。
そんなのは絶対に嫌だ。気持ち悪いじゃない。
もう私の心は彼の物じゃないのに
もし今さらまた言い寄られたりしたらもの凄くがっかりする。
面倒なのは嫌だ、スッキリしたい。スッキリすればきっと心もスッキリする。
鏡の中には短い髪になりつつある私が居る。本当に良かった。


髪を切っている時間は思ったよりも短かった。
途中で彼女が何かを数度話しかけて来たけど、
適当に対応すれば良い物だったから安心した。



次にカラーを入れる。その後でカットの仕上げをする。
この方が毛先が痛まなくて良いという。
カラー剤もヒアルロン酸が配合されている物で髪の毛や頭皮に優しい物だ。
色々な物を塗られたり被せられたり洗われたりして染髪が終わる。
まだ髪が塗れているのでどんな結果かは完璧には分らない。
その状態で仕上げのカットをする。
短い髪がもう一段短くなる。
鏡を見る。まだ見慣れないな。当り前か。短くするのは何時以来だろう。
とりあえず、すっきりしたのは確かだ。


最後に仕上げのシャンプーとブローだ。
クーポンに入っていた炭酸泉ケアという物をしてくれる。
炭酸泉という二酸化炭素が入った水で頭皮を洗い流す物で、
毛穴に詰まった老廃物や、
頭皮や髪に残ったカラー剤の残留物を洗い流してくれると云う。
髪の毛が美しくなりカラーの持ちも良くなるというから、
それは良い事だなと思う。
今の気持ちがずっと続けば良い。


洗髪が終わる。
なんで美容師さんのシャンプーてこんなに気持ちが良いのだろう。
それからドライヤーを使って髪を乾かす。
最後のブローを終えて全てが仕上がる。


全てが終わった後の私を鏡で見る。
髪の色が明るい。
暗い色の方が好きだと言うからそれに合わせていたけれど、
やっぱり馬鹿馬鹿しい事だったな。
だって髪の毛が明るいと顔も明るく見えて気持ちも明るくなる。
これから毎朝そんな気分になれるだろうか、なれると良いな。
髪も軽やかだ。軽やかというのはそれだけ良いでしょ。良かった。
気持ちが清々しい。


彼女に礼を言ってカウンターで支払いを済ませる。
彼女にはまた指名するねと約束する。いいお店に出会えて良かった。




エレベーターを降りて深呼吸をする。
鼻に入る冷気がこそばゆい。
キリリとした冬の空気が高揚する心を冷静に落ち着かせてくれる気がする。
ビルを出るとすぐ横にあるとん銀というトンカツ屋の看板が目に付いた。
お昼という時間帯。
行きには看板に気が付かなかった。
私はお腹が空いているのだろうか?分らない。
美味しそうな店だけど、美容院に行った後に入る気持ちにはなれないかな。


銀座尾張町タワーを背にしてすずらん通りを左手側に歩き出す。
私は自分がどこに向かおうとしているのか分らないまま歩き出す。
このままここに突っ立ていては意味がないのだから仕方がない。
立っているだけだと寒いし。
歩けばその間は少しは暖かい。



みゆき通りと交わる十字路に戻り、渡ってすずらん通りを進む。
角にはカステラで有名な文明堂が見える。
カステラというお菓子は期待以上に美味しい事はないけれど、
外れる事も少ないから良いお菓子だと思う。
こんな事を考えるなんてやっぱりお腹が空いているのだろうか?
だとしたら食欲不振だった最近を考えるととても良い事だ。
壁一面のショーウィンドーの上に掛かる朱色の日よけが可愛い服屋を過ぎると、
紅茶のマリアージュフレールがある。


以前、家で誕生日ケーキを食べた時にどうせならとここのを買って入れたっけ。
美味しかったけれど普段は飲めないな。
100グラム2000円位するんだもの。
でも今日はいっそのこと買ってしまおうかと考える。
良い美容院で素敵な髪型にして貰ったし、そのまま続けて贅沢してしまおうか。
フォートナム・アンド・メイソン三越にあったと思うけど、
私はこちらの方が雰囲気が好きだ。


マリアージュフレール銀座店の外観は高級そうな木で出来ている。
まるでハリーポッターの映画に出てくる様。
でもあの話しはイギリスが舞台だっけ。
紅茶のマリアージュフレールはフランスの紅茶屋さんだったと記憶している。
上の階では確か紅茶と一緒に食事が楽しめるはずだ。
紅茶好きの人々で賑わう店内に入ると優雅な匂いが漂っている。


どれを買おうか商品を見回す。凄く迷う。
アールグレイだけでも何種類も合って良く分からない。
中年の男性店員にお勧めを尋ねる。
ここの店員はほとんどが男性で
特に銀座店は外見で採用したのではないかと思う様な人が多い。
それでいて接客も上手なのだから繁盛するのも分かる様な気がする。
いくつかの茶葉の匂いを嗅がせてくれる。
結局私はアールグレイのフレンチブルーと言う銘柄を購入した。
ベルガモットの匂いが美しく、
茶葉にブルーエという矢車菊の細長く青い花びらが入っている。
家にあるガラスで出来たポットで入れる事に決めた。
想像して、少し楽しい。


マリアージュフレールを出るとその先がヴェラモーレである事を思い出した。
なんで銀座にはジュエリーショップが多いのだろう。
ヴェラモーレもマリッジリングで有名で、お店にも入った事がある。
素敵なデザインの指輪が多いけど今は見たく無い。なんかさっきと同じだ。
それからそんな気持ちは髪を切った私には
まったく関係の無い感情だと思い出す。
そうだった。もうどうでもいい事だ。
こうして楽しく銀座を歩いて髪を切って綺麗な紅茶を買ったのだもの。
店内の大勢のカップルを見て幸せにねと心から思う。
やっぱり、これだから髪を切るのは凄く良い。


その先にあるハナエモリの前を通り過ぎる。
ハナエモリが入っているビルは黒でクールな佇まいをしている。
本当にここだけを見たらニューヨークの59丁目にありそうな建物だなと思う。
そんなこの店の前を通ったりデパートでハナエモリのお店を見る度に
ここの洋服が好きな叔母の事を思い出す。
叔母は今でも現役で働いていてハナエモリの服を格好よく着こなしている。
もの凄く格好良くて憧れる気持ちもあるけれど、
あの年まで結婚もせず子供もいないのは嫌だなとも思う。
でも格好よくて前向きで明るい。あの年でもなかなかの美人だと思う。
年相応に落ち着いていて色気もあるのに、雰囲気がとても若々しい。
なんだろう。実は年下の愛人でも囲っているのだろうか?



先に進む。
お洒落な七宝焼きの店がある所で十字路になる。
すずらん通りに交わるのは銀座の中でも1、2位を争う広さの晴海通りだ。
片道が3車線もある大通りで晴海通りをここから南に行けば
大きな中央通りと交わる。
晴海通りと中央通りの交差点は
3つの角に三越本店、和光、三愛が立ち並ぶ
誰もが一度は見た事のあるあの景色を作っている。


さて、ここからどうしようと思う。
左に曲がり少し歩くと、
ディオールアルマーニがある場所に再び戻る事になる。
ディオールの向かいにはグッチがある。
アルマーニの先には
独特の幾何学模様のワンピースがウィンドウを飾るエミリオプッチがある。
あそこの水着は色鮮やかで似合うならば一度は着てみたいと思うけれど、
その色彩と露出度から私には無理だと思う。
そもそもビキニで4万円はキツすぎる。
そういえばここの水着を着ているとナンパされやすくなると
英語版のELLEだかヴォーグで読んだ様な気がする。


とにかく、私はアルマーニビルから地下鉄の階段を上り地上に出て、
ぐるっと回って今の場所にいるわけだ。
アナログの時計なら12時の位置がアルマーニ
11時の方向に向かって歩いていく。
美容院が8時の位置。そこから歩いて私がいま居る十字路が6時の位置。
真っすぐに上に向かえば12時に戻る事になる。
地図だと分かり難いけれど、時計に例えると分かりやすい。
これって結構な発見かも知れない。


自分の発見に感心していると、
スマートフォンのメールのプッシュ通知を知らせる音が鳴る。
送り主を見て顔をしかめる。
思わず溜め息。
1週間前に寝た男だ。



なんだろう?送られて来た文面を読みながら彼は何が目的なのだろうと思う。
どうも私とまた2人きりで会いたいらしい。
なんで?あの夜に恋や愛が有ったとなんて思っているのだろうか。
どうしようかと考える。
あの夜は私がただどうしてもセックスしたくて、
あなたがそんなには悪く無い顔とスタイルで、
口臭もなさそうで親切にしてくれて
ホテル代や飲み代を払ってくれそうだったから寝ただけと
正直に言えば良いのだろうか?
いやだなぁ、断り方を間違えて機嫌を悪くして、
もしまとわりつかれたりしたらどうしよう。
でも、よく顔を合わせる様な男じゃなくて良かったと思う。
これが会社の同僚だったら最悪だろうな。
うっかり彼が私との事を喋って
上司がおせっかいを焼いたりしたらとことん面倒くさい。


でも彼が私との間に愛や恋がなかった事を理解していて
それなのに連絡を取って来たならば、
それって私ともう一度寝たいからって事でしょう?それって最悪だ。


さらに最悪な事に文末にはどこで聞いたのか
私を励ます様な言葉まで書いてある。
正確には励ましと私に対する同意だ。こういう男が一番面倒くさいと思う。
女心を分かっている様な気がしている男が一番面倒くさくて気持ちが悪い。
私の事を全部知っているならまだしも、知ってる振りは本当に止めて欲しい。
中途半端に知っている人より、
まったくなぶっきらぼうな男の方が一緒に居て楽しいくらいだ。
女心を知っていると思っている男は
その余裕がある様な言動や思い込みが気持ち悪い。


あーあ。
なんで気分がいいはずの今の私はこんな事を考えなくてはならないんだろう。
私は馬鹿だなと自分の事を思って、このメールの事をひとまず忘れる事にした。
返事を返す時に寝てたとか、忙しくてとか電池が切れててとか付け加えれば、
返信が遅れても大丈夫でしょ。



さてどうしよう?
突っ立っているのも馬鹿らしいので
晴海通りを横断して十字路の向こう岸まで歩く。
ここからは通りの名前がガス灯通りに変る。
すずらん通りとガス灯通りは晴海通りを挟んで繋がっているというわけ。


この通りはその名の通り、古めかしいガス灯の様な街灯が立ち並んでいる。
本物のガス灯もあったはずだ。どれがそれなのか調べた事もないけれど。
こんな通りを横浜でも見たなと思い出す。
所謂大正ロマンなノスタルジーなのだろうか?
歩道も車道も茶色い煉瓦風になっているのはその演出だろうか?
確か百年位営業しているキャバレ−がこの通りにあったはずだ。
兎に角古い通りなのだろう。キャバレーという店の形態自体が既に古めかしい。


晴海通りからガス灯通りに入る入り口は左右を和光に挟まれている。
右が大きい和光で左が小さい和光だ。
右の和光は建物が三越と三愛がある
4丁目の交差点まで伸びているのだからその大きさが分かる。
そこでは貴金属を含む高級な装飾品を扱っている。
左の小さい和光は食べ物を扱っていて、上には喫茶店があったはずだ。
去年出来たばかりでまだ入った事がないのだけど。
なんせ銀座には飲食店が多くある。
オープンしたからと一々その店に行っては、
身体と財布が持たない。そもそもそんな暇がない。
食べ歩きが趣味でブログやツイッター食べログなんかに
感想を書いたり写真を上げたりする人は
どこからその時間を持って来ているのだろう。
今度あの小太りの友人に訊いてみようかな。
嫌みに思われるかもしれないけど、仲が凄く良いから大丈夫だと思う。


そんなガス灯通りを歩いて行く。
小さい和光の隣にはポール&ジョーがある。
四角くて白い石で作られている建物。
ここもパリに有りそうな感じだ。
ポール&ジョーはフランスのブランドだからこの感想はおかしくは無い。
もしかして銀座とパリは似ているのかも知れない。


ポール&ジョー
清潔で可愛らしいショーウィンドーをなんとなく眺めていたら、
入り口付近に居た女性店員と目が合って微笑まれる。
目を逸らして立ち去ろうか考えていたら、私は店の中に入っていた。
高めの紅茶を買って勢い付いているなと思う。


私と同じ年代の店員が可愛いですよねと微笑む。
ウィンドーの中の商品の事だろう。
ここの商品はシンプルとフェミニンとカジュアルの間を巧く取り持っていて、
休日に着るのは良いなと思う。
ええ。そう思ってと私も微笑み返した。
休日の洋服を全てここで揃える程、稼ぎがないのが残念だ。


内装も外装と違わず白で統一されていて、
ヨーロッパの素敵な邸宅を思わせる。
ポール&ジョーの服は私には派手と思える様なデザインもある。
選べばシンプルで可愛い物も多いのだけれど。
店内を適当に見ているとあるバッグに注意を引かれた。


バッグかぁ。バッグはいいなぁと思う。
バッグなら5万円ほど出せば品質やデザイン的にとても良い物が買える。
エルメス、それにバレンシアガやボッテガなんかは別だけど。
コートや腕時計だとこうはいかない。


5万円も出さなくても雑貨屋やちょっとした洋服屋で売っている物、
それにセールの時に5000円から10000円くらいの間で
買える物でも気に入るバッグは沢山有る。
ああ、だからこうしてバッグばかり増えて行くのか。
だけれど、同じ服装でもバッグ1つ変えると印象が変わるし、
同じバッグばかり持って外出すると見窄らしく思われるから
増えるのは仕方がないとも思う。


私の目に留まったポール&ジョーのバッグは
赤色の生地に紺色の小さな模様と、大きい白い模様が一面に配置されている。
白い模様は柔らかくて青空に悠々と浮かぶ自由な雲の様に思える。
近づいて良く見るとそれは猫だった。白い猫の模様だ。紺色の方は影だ。
私には派手と言うか、ガーリーと言うかファンキーな気さえする。
でも全体を見ると模様があまり大きくないからか、
バッグの縁や取手が茶色の革で覆われているからか、
その赤と紺と白と茶の組み合わせが上品にも思えるから面白い。


先程の女性店員がこのバックはフランスのメーカー、
ジャック・ラッセル・メルティエールとの
コラボレーションアイテムだと説明する。
手に取って中を見せてくれる。
入り口にはジッパーが付いていてマチ幅もちゃんとあって荷物が多く入りそう。
ポケットもちゃんとある。なかなか使い易そうだ。
中地はベージュ。面白い事に今度は犬の模様がちりばめられている。


店員が鏡がありますのでどうぞと言って
バッグを持って私を店の奧へと案内する。
巧い接客だと思う。巻き髪を揺らす店員は私と年齢が同じ位だと思う。
やはりこのくらいの年齢が
仕事に対して一番勢いに乗っている時なのかもしれないと
自分の事を振り返って思う。
そんな時を仕事以外の事で潰してしまうのは
勿体のない事だったのかもしれないと考える。
しかしこれから先も成長は有るのだろうか?
年を取って劣って行くだけなのだなのかな?


バッグを渡される。両手で取手を持って膝の前に下げる。鏡の前に建つ。
あ、結構似合ってる私。身体を左右に揺らしてみたりする。
店員の実は色々なお洋服にも合わせ易いんですよという声。
スカートでフェミニンな服装にも、
ジーンズでスポーティーな格好にも良いらしい。
たしかに可愛らしい良いアクセントになりそうなバッグだ。
それでいて柄物なのに派手過ぎない。
購買欲が沸き上がる。
いけない、紅茶のせいで勢い付いている。
バッグを買うつもりはなかったのに。私を不機嫌にしたメールに原因もある。
まぁいっか。人生の中でこんな時なんてそうそうないだろうし、
自分の為にお金を使おう。
自分で稼いだお金を自分の為だけに使うって愉快じゃない。
メールの事は早く忘れよう。
2階にはセカンドライン
ポール&ジョー シスターが有るけれど自制して見ずにおいた。



私はバッグが入ったショップバッグを持って楽しい気持ちで店を出る。
ここのは上品に花が描かれていて可愛いので好きだ。
汚れない様に持ち帰って保管しておこう。
バッグに入らない物を持ち歩く時にショップの紙袋は役に立つ。


すっきりとした気分でガス灯通りを進む。
暫くするとランバンが見える。ここが松屋通りとの交差点になっている。
十字路の向い、
建物の2階にある喫茶室のルノアールがレトロな雰囲気を周囲に与えている。
ランバン銀座店の外見は光沢と接目の無い黒いシックな壁で覆われている。
高級感だなと思う。
実際にこの店舗はランバンの直営店で、
扱っているものもランバンコレクションやブルーといった
日本のアパレル企業がデザイン販売するライセンス品ではなく、
ランバンのトップデザイナーの
アルベール・エルバスがデザインした本場の物だ。


ランバンはもの凄い高級なイメージがある。
実際に値段も高いけれど、価格に対してだけではない高級という印象を持つ。
だから私は店に入るのだけでも躊躇してしまう。
いいや、いつか宝くじでも当って余裕を持てたらここで沢山買い物をしよう。


宝くじ。1枚300円の物を、
買う事は有るけれどそれは誰にも言っていない。
高い金額を当てるより、購入資金を貯金した方が効率が良い事は知っているし、
人との会話の流れで宝くじを買う人を馬鹿にした事があるからだ。
それにもし高額を当てでもしたら他人には隠し通さないと行けない。
だから宝くじを買っている事は周囲には内緒だ。


あ、そういえば、昨日が年末ジャンボの発売日じゃない?
という事は西銀座デパートの宝くじ売り場には
休日である今日も人が沢山並んでいるだろうなあ。
毎年販売初日には1000人くらいの行列ができるはずだ。


このままガス灯通りを真っすぐ行くとデビアスの本店が有る事を思い出す。
私はランバンのある十字路を右手に曲りガス灯通りから松屋通りに入る。
直進すると直ぐに中央通りと交わる。
名前の通りこの道は老舗デパートの松屋に通じている。
その場所が銀座3丁目交差点だ。



中央通りの中央とは銀座のそれを意味しているのではなく、
東京の中央を意味している。日本橋を中心に新橋や上野や秋葉原を通っている。
それを知ってからたまに乗る
タクシーなんかのドライバーさんへの支持が少しだけ簡単になった。
今は土曜日という事で中央通りは車の通行を止めて
いわゆる歩行者天国になっている。
11月の月末。土曜日。やっぱり人で溢れ返っている。


そんな中央通りと松屋通りが交わる
道幅の広い十字路の左向かいには大きくずんぐりとして清潔な建物が見える。
松屋銀座店だ。
百貨店と呼ぶに相応しい外観をしている。
ファッションビルやスーパーではとても敵わない様な雰囲気だ。
今年の春に改装を初めて、
ついこの間の9月にリニューアルオープンを済ませたばかりの松屋
最近になってやっと客足が落ち着いて来た。
だけど土日となるとやはり客で溢れている。
デパートという近代になって日本に入って来た文化なのに、
老舗と称される松屋は凄いと思う。


私が立っている左手にはアップルストアが見える。
白と灰色の建物。
開放的な店内から優しい光を中央通りの歩道へと放っている。
新しいあいぽんが出る度にニュースに出るのがここだったはず。
新製品購入の列に並ぶ
タンクトップでモヒカンの人が取材を受けているのをテレビで見た。



これからどうしようかな?と思う。
喉が渇いた。どこかお店に入ろうか。
もしかして食欲が出て来るかも知れないし。
店を探すのが面倒だったので中央通りを人を避けながら渡る。
松屋の中に入る。
入る時にガラスに映った自分の顔を見る。
ショートも中々似合っているじゃないと思った後で
化粧が今までと変らない事に気が付いた。
明るくした髪と化粧のカラーが合っていない。


原因はアイメイクかな?と考える。
今までは自分の本来の好みより地味にしていたんだった。
髪のついでにメイクも変えてしまおうかな。
都合のいい事に松屋の1階は化粧品売り場になっている。
売り場からは明るい光とパウダリーな匂いを感じる。


3機あるエレベーターを通り越して
ギンザビューティーと名付けられた松屋の化粧品売り場に赴く。
ぐるっと一周する、多くあるメーカ−の中でディオールの売り場が目に付いた。
最近、ドレッサーの中にここのコスメが増えて来ていた。


ディオールのカウンターの中に居るBAさんが微笑みかけて来たので
彼女にアドバイスを求める事にする。
彼女は光沢のある品の良いブラウンの髪の毛を後ろでお団子にしている。
細身の身体に黒い制服が良く似合っていた。
あれ?そういえば以前はディオールのBAの制服は
白いTシャツの様なものだった気がする。
季節によって変わるのかも知れない。


BAさんにたった今、
美容院で久しぶりに髪を短くして色を明るくして来た事を告げる。
どうせならメイクも変えたい、特に目の印象を変えて。
今の髪色と合う物にしたい。そんな要望をBAさんに話す。
そのうちになんだか愉快な気持ちになってきた。
楽しくなり過ぎて、
何らかの理由があって思い切って髪を切って情緒不安になっている女と
思われない為に愉快な気持ちを自制して会話をする。


要望を聞いた彼女がタッチアップしてくれるというので頼む事にした。
椅子に座る。彼女が何点か色を選択してくれてその中から好みを聞かれる。
片方の目を彼女のお勧めの物に、
もう片方を私が選んだ物を中心にメイクしてくれるという。
お勧めの物が明るい物だったので、私は髪色と同じ位の明るさの色を選択する。


今しているアイメイクを落とされ、色々塗られる。
彼女の手さばきにうっとりする。化粧が上手い人はいいなあ。
その途中でああ、そうかと思う。
眉毛を明るくするのには眉マスカラを使うのが良いのか。
今までは暗い色だったからアイブロウペンシルで済んでいたけれど、
髪の毛が明るいとこっちのほうがいいんだな。これは絶対買おう。
紅茶とバッグのせいでお財布の紐が確実に緩んでいる。
数十分でメイクが完成する。
BAさんの技術に感心していたのであっという間だった。


なるほど、私が選んだ物より、
BAさんが選んだ物の方がいいメイクだと思える。
私が選んだ方は髪とアイメイクが同じ色で統一感が在る。
だけれどどこかのっぺりとした感じがある。
それに比べてBAさんが選んだ明るいアイメイクは髪と目元にメリハリがあって
互いの色を引き立てている様だ。それにこっちの方が気持ちも明るくなる。


片方のメイクもそっちにしてもらう。
タッチアップされながら使用したコスメの説明を受ける。
アイシャドウは定番の5色セットの物を使っていた。
ライナーは似た様な色がリキッドとペンシルに有るらしく、
どちらを選んでもメイクの印象は大きく変わる事がないという。
だったらペンシルの方が簡単で良いかなと思う。
上手い人だったらリキッドや水溶きタイプ、
ジェルの方が色々出来て便利なのだろうけれど。私はだめかな。


両目のメイクが揃う。うん凄く良い。
だめだ。いけない。最初の紅茶がいけなかった。
結局私はディオールで眉マスカラとシャドーとアイライナーを買ってしまった。
でも新しいメイクをすると愉快で笑える。とっても良い気分だよ。
なんか買い物依存症にならなければいいと思うけれど、
人生の中で今日みたいな日はそうそうとないと思うから大丈夫だろう。


マスカラも勧められたが御断りした。
マスカラはドラッグストアからロフトやプラザ、
そしてデパートで買える物まで色々持っている。
これ以上増やすのはいけないよ。
そういえばディオールではマスカラをアイコニックとか言ったっけ。



上の階にレストランがあった事を思い出して昇りのエスカーレータに乗っかる。
ゆっくりと上に向かう間に
2階が海外高級ブランドのフロアである事を思い出した。
ルブタンとジミーチュウとシャーロットオリンピアから始まり、
ジルサンダーにステラマッカトニーにクロエ。
ミュウミュウ。モンクレール。
マックイーンとマークジェイコブス
バレンシアガとプラダとヴィトン。
そしてサンローランとランバン。
危ないと思って顔を伏せて3階へのエスカレーターに乗る。


3階はICBやアンタイトルといった親しみ易いブランドが並ぶ。
こういった階に同じみのインディヴィボナジョルナータが無いのが不思議だ。
他にも23区やエリオポールがあって、
そんな中にあーぺーせーなんかもあったりする。
安心して顔を上げる。4階に上る。


4階で扱っている婦人服は3階と比べると価格が上がる。
客の年齢も上だと思う。
イッケイミヤケにワイズ、ボスやストラネスにチヴィディーニがある。
5階に上がろうとエスカレーターホールを折り返した所で、
素敵なワンピースを着ているマネキンを見つけてしまう。


見るだけと思ってマネキンに近づく。
マネキンが置いてあるお店はエポカだった。
黒1色のワンピースの腰から下には
美しい2層のレースが編んであるのが見えた。
近寄ってよく観るとワンピースではなくて、
ブラウスとスカートの組み合わせだと分かった。
いいなぁと思って見ていると、上品な笑顔を浮かべた店員が
柔らかい物腰で下はスカートではなくてキャミソールドレスだと教えてくれた。
ブラウスの後ろ、
肩甲骨の部分がシースルーのレ−スになっていてキャミソールの肩紐が見えた。
なるほどーと納得する。
店員がそれぞれを別々にも使えるので良いと言っている。
私もそう思う。そうですよねと返事を返す。
だめだよ、今日はこれ以上高い物は買わないと自分に言い聞かせる。


店員が白色もあると同じ型で色違いの物を持って来る。
純白ではなくオフホワイトで清々しくも優しい感じだ。
迷っている自分をなんだかおかしく感じる。
今までだったら黒を選んでいたと思う。でも今は白に心引かれる。
新しい髪型のせいかな?
そう思ったら楽しくなって来た。だから試着をする事にした。
選んだのはオフホワイトだ。


試着室に入って服を脱ぐ。
鏡に映る自分の身体を見る。
意味も無く左右に半円を描く様に回る。
お腹の辺りを手の平で撫でてみたりする。
試着室に入るとついこんな事をしてしまう。
痩せたなぁと思う。食欲が無いせいだと思う。
それになんだか肌がガサガサして乾いている様に感じる。
きっと冬だからだろう。


傍らに置いてある細長い箱からフェイスカバーを取り出して冠る。
その格好で鏡を見る。映画に出て来る強盗を思い出す様で面白い。
下着姿なので随分と間抜けな強盗だけれど。
長いキャミソールを着てそれからブラウスを着る。
カバーを顔から取る。あ、中々悪く無い。
その場でくるりとゆっくり回る。
どうでしょうという店員の声に扉を開ける。
よろしければどうぞとミュールを差し出される。
礼を言って履いて試着室の外に出る。遠目から鏡で自分の姿を見る。
うん、良いんじゃない?
後ろ姿も良い。サイズがぴったりと合っているのも嬉しい。
店員さんがお似合いですよと言ってくれて
ビジネストークなのだと理解はしているけれど、少し嬉しくなる。
だって、髪とドレスが凄く似合っているのだもの。


それから、でもこれを買ってどこに着ていくのだろう?と思う。
店員がこのままでも良いし、
ジャケットやカーディガンと組み合わせてカジュアルに使う事も出来るし、
別々でも色々な使い道があると説明している。確かにそう思う。
2つ揃って素敵なのはもちろん良い事だけれど、
バラバラに別れてもそれぞれに利用出来て、それを楽しめるのは良い事だ。
でもどうせならドレスを着る様な気持ちになった時や場所に着ていきたい。
今後の予定を考える、そんな時は今の私にはないなぁと考えて、
すぐに友達から誘われたイベントがあった事を思い出した。


一昨日の11月第3木曜日はボジョレーの解禁日だ。
明日には夕暮れの手前から丸の内のレストランで
今年のボジョレーを楽しむ為のパーティーがあるという。
女の子達だけで行くと言うからそこにこの服を着ていこうと考える。
良いかもしれない。
こういう時に女子会って便利だなと思う。
複数のボジョレーの他においしい料理もコースで出て来ると言うから楽しみだ。
今からでも参加は間に合うだろうか?後で友達に連絡しておこう。


うん、本当にこれが今日の最後の買い物にしよう。
しばらくは質素な生活をする。様はバランスが大事よねと思う。
私は結局このエポカのオフホワイトのドレスを購入する事に決めた。
自宅のクローゼットの中にある
ドレスやワンピースの事が頭に思い浮かんだけれど、
いま持っている物を真剣に考えたら、
新しい物を手に入れる事は出来ないよねと思う。
物が増え過ぎて、自分で管理出来る範囲から飛び出してしまったら
その時に捨てるなり人に譲なりする事を考えよう。


試着室で再びカバーを冠ってドレスを脱いで服を着て靴を履く。
カバーは傍らのゴミ箱に捨てた。
カバンを持ってから忘れ物が無いが振り返った。あった。
コートのポケットから落ちたのか、ティッシュが落ちていた。
いけないと思い拾う。
楽しい思いをしたのに、そこに忘れ物があるのは少し間抜けだ。


レジカウンターでドレスが畳まれる。
店員さんが私が持っていた紙袋を見て、
まとめしましょうか?と尋ねてくれた。
ディオールのショップバッグはどうしようかと迷ったけれど、
見せびらかすものあれかなと思う。
結局マリアージュフレールの紅茶とディオールのコスメの袋を
エポカのドレスが入る大きなショップバッグに入れてもらう。
ドレスと同じバッグに直接入れのではなくて、
別の中くらいの袋に2つを入れてから大きな方に入れてくれた。
これで荷物は家から持って来たバッグと、
可愛いポール&ジョーの紙袋とエポカのショップバッグだけになった。
持っていたり抱えたりしているものが減ると、少しだけ楽チンだ。
店員さんが店の外まで袋を持ってくれて私に渡した後で頭を下げる。
私は笑顔になる。洋服を買うのは何時でも楽しいな。



5階に続くエスカーレーターに乗る。
ここから上は紳士服売り場だ。だから嫌な事を思い出した。
エスカレーターの横にある鏡が目に入る。
新しい髪型、色。新しいメイクの私。
買ったばかりのバッグとドレスの袋。
嫌な想い出なんかもうどうでもいいよねと口角を少しだけ上げた。
明るい気持ちだ。


5階6階7階を順調に通り過ぎる。
途中で友達に連絡をして明日の予定に間に合うかを尋ねるメッセージを送る。
そうして8階に辿り着いた。
8階は半分がレストランフロア、もう半分が催し物会場になっている。
物産展やバーゲン会場になるあれだ。
そちらの方には行かない様にしてレストランを見て回る。


イタリアンに和食洋食中華とんかつ天ぷら寿司おそばうなぎ。
どれも美味しそうな店。
なのに感動が無いのは食欲がないからなのだろうな。
思えば朝に食べたバターロールしか口にしていない。
どの店もランチタイムは過ぎたというのに
家族連れやカップル達が楽しそうに食事をしている。
中には1人で食べている女性も居る。うんべつに普通の事よねと思う。
お腹も減っていないし、ここで食べるのはよそう。








(後編に続く)


後編は↓こちらです。
http://d.hatena.ne.jp/torasang001/20140110/1389367320










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