クラウドヘッド+3


J・F・K、ジョン・フィッツジェラルドケネディ
主に髪型が今でも評価されている彼は1952年
ジャクリーン・リー・ブーヴィエと出会った。
作曲家のロベルト・シューマン
梅毒と精神疾患で死んだ彼は1828年クララ・ヴィークと出会った。
実業家のアーサー・エドワード・"ボーイ"・カペル、
ポロ競技の選手とその愛の形を人々に残した彼は1910年
ココ・シャネルと出会った。
画家のサルバドール・ダリ
時代と金を操った事で知られる彼は1929年
ガラ・エリュアールと出会った。
映画監督のジャン=リュック・ゴダール
鑑賞する者に芸術を送る事と
睡眠の世界へ誘う作品を撮る事に執心する彼は
1960年アンナ・カリーナと出会った。
第35代アメリカ合衆国大統領
ジョン・フィッツジェラルド "ジャック" ケネディ
主にその死に方が評価されている彼は
1961年ノーマ・ジーン・ベイカー"マリリン・モンロー"と出会った。


俺はこの時、彼女と出会った。
彼女の横顔を照らす陽の色は、太陽のオレンジだ。
おれの横顔を照らす陽の色は、無意味な白さだ。


「それは驚いたでしょうね」
彼女の口角があがる。俺は唇を見つめる。
彼女の目は俺の顔を見ている。
何かを見透かされる様な気がする。唇から目をそらす。息を呑む。
「そう……なんだよ、
 もうロザリオを買ってしまおうかなと思ったくらいで。
 でも、俺カトリックじゃないし、基本芋煮っていうか」
「ええ?芋煮?」
彼女の口角は上がったままだ。
「あっと、なんでも入れちゃう。宗教はどこの信者でもないし、
 クリスマスも、初詣も好きだし」
「あはは、じゃあ私も芋煮だ」
この時、思った、
恋人、或は恋人になるかもしれない相手との一番緊張する瞬間は、
初めてキスするときでも、初めてセックスするときでも、
初めて子供が出来たと告げられる時でも無くて、
相手の宗教を初めて確認するときじゃないか?


足音。チノパンを地面に引きずった足がこちらに近づいて来る。
「よーう、そろそろ車だすぜ」
「予定終わったのか?」
「俺あの教授苦手だわ……」
「あ、帰るのね」
「うん、そろそろいかなきゃ」
「あー、おまえら仲良く話しちゃった系な?」
「ばーか」
「ぐはは」
「次はいつ大学に来るの?」
「普通に明日からくるよ」
「本当に?来れるの?その顔で?」
「ははは、俺は元から疲れた顔してるんだ」
「老けてるじゃね?」
「ばーか!」
「ひどい友達ね」
彼女の口角は上がったままだ。




胃は、食道から送られて来たまだ固体の食べ物を、
十二指腸が食べ易い様に調理する料理人だ。
約四時間程かけて、固体を液体に溶かして行く。



やっとついた。
あいつが迎えに来てくれるまで、あと一時間か。
空港、ロビー、空腹。
なにか日本っぽい物が食べたい。
イタリアのパンは美味しかったが、
俺の胃にはあまりよくないらしい、刺さる。


案内板が近くにある、
軽いケースに入った重い荷物を引きずって近づく。見る。
ハンバーガー……3階か」
なぜか今の俺には日本のハンバーガーこそが、
もっとも日本っぽい食べ物に思えた。


この空港の天井は高い。所々天窓……ぽくなっている。
壁の周りに床が張り出し、そこが数階建てになっている。
その壁に沿いに飲食店や雑貨屋やラウンジが展開されている。


ハンバーガー屋。カウンターは2つ、
レジスターが2つ、カウンターの中には店員が4名。
左側のカウンターには先客。黒いスーツ。
薄くストライプが入っている。俺より少し年上かな?
右のカウンターは空いている。並ぶ。
女性店員。温かいオレンジ色と茶色の制服。
サンバイザー風のキャップ。
笑顔で"ご注文を承ります"。
「トマトチーズバーガーのセットで、飲み物は……アイスコーヒー」
「はい、かしこまりました。お会計の方、700円になります」


深い藍色のナメ革で出来た財布から1000円札を取り出す。
深い緑色のキャッシュトレイにそれを乗せる。
深い茶色に染めた髪をキャップの後ろで結わいた店員がそれを受け取る。
彼女がトレイに番号札と、コーヒーが入った紙コップを乗せる。
「バーガーはただ今つくっております。
 出来立てをお持ちしますので、お席でお待ち下さい」


席に着く。
広い窓の方に体を向ける。
窓沿いに設置してあるカウンターに座る他の客越しに、
着陸する飛行機が見える。
飛行機より、その離着陸を眺める人間を眺める方が面白い気分になれる。


先程となりに居た男もそこに足を組んで座っている。
その左側、数席先に女性が座っている。目立つ女性だ。
髪の毛は黒。緩くウェーブしている。
ピンクのウールで出来た秋冬物のワンピース。それでも肩は出ていて、
ラインは体に沿っている。
裾にファーが付いている、本物だろうがチャイニーズラグーンだろう。
靴は茶色のハイヒール。本革。
カウンター席よりこちらの方が低いのでよく見えないが、
机の上に鞄と上着が置かれている。
何かを弄っている。きっと携帯電話だ。


目立つ女性が好きな男と嫌いな男、どちらが多いか? きっと半々だ。
でも、ただ好きなのと、付き合うのと、セックスの相手にするのとでは、
男達の答えも異なるだろう。
俺も、セックスするだけなら目立つ女も良いな、
いや「だけ」ならその方が好ましいかもしれない。


「お待たせ致しました、トマトチーズバーガーです」
「あ、はい」
「ごゆっくり、どうぞ」
店員がトレイから番号札を取り、代わりにバーガーを乗せる。


手に持つ。
ゆっくり丁寧に、手が汚れない様に、
中身が零れない様に、包装紙をめくる。
それでも人差し指にソースが付いた。
口を開ける。バーガーに噛み付く。噛み砕く。
トマトの汁が弾ける。肉汁が溢れる。チーズがとろける。
舌の上でトマトと肉とチーズが絡む。
自分の口とバーガーから汁がこぼれない様に、
ゆっくりと口を離す。
咀嚼する。その汁が食道を通る。
胃が温かくなる。人差し指のソースを舐める。


イスを引きずる音。ピンクのワンピースが店を出る様だ。
バッグと上着とトレイを手に持ち、
レジカウンターの右横、トレイ返却口に向かう。
俺が座っている席の前を彼女が横切る。顔を見る。
ばっちりな化粧が似合っている。
イミュ、メイベリン,RMK、クリニークランコム
近年のマスカラと、彼女達の睫毛に関する進化は素晴らしい。


彼女が目だけを俺に向ける。俺は彼女の目を見てほんの少し微笑む。
彼女が俺から目をそらす。俺の前を通り過ぎる。
彼女は俺の後ろ、レジ横の返却口、既に俺の目が届かない所に居る。
俺は振り返って彼女を目で追っても良いが、振り返らない。
俺は窓を見る。飛行機が止まっている。
俺は振り返らない。




携帯。バイブレーター。メール。件名無し。
本文:あと30分くらいで着きそうだぜ


空腹は収まっていない。
バーガ−を手に取る、肉に噛み付く。トマトを噛み砕く。
噛み砕く、噛み付く。噛み砕く、噛み付く。
飲み込む。飲み込む。俺は振り返らない。振り返らない。









(つづく)








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