All That Fake/オールザットフェイク(1.I Can't Give You Anything but Love)


 この世は嘘に塗れている、と宣う奴を、
 セルマーのテナーサックスでベルがへこむまで……、
 そいつの頭が確実にベルの形にへこむまで殴り続けてやる。




「100円で?」
「はい。100円をプラスして頂ければバーボンを使ったハイボールに、
 180円を足して頂ければドリンクをビールに変更可能です」
「銘柄は?」
バドワイザーです」
「……」
頭がぼやける。一瞬の間。店員がこちらの回答を待っている。
あぁ、やっぱ疲れてるな、疲れてるだろ?ここはビールだ。
「じゃあビールにするよ」
「かしこまりました。お会計が960円になります」


ビールだろ、ビール。
向こうでもクアーズばっか飲んでいたが、まぁいいだろう?


向こうで飲む向こうのビールと、こちらで飲む向こうのビール。
味の感じ方が違うのかためしてみよう。
あ……クアーズってカナダ産だっけかな?
まぁいいや。
アルコールの味ってのは、同じ銘柄でも、
その土地の気温かなんかの影響で随分違うと感じる物らしい。


型押しされた黒と一部が濃い紫色の革財布から、
1000円札を……あーいや小銭で払えるかな。


財布の小銭を入れる部分を漁るが200円程足りない……いや。
スーツのパンツ。右側に付いている、前ポケットを探る。
1221円分の小銭がジャラジャラとでてくる。
硬貨を店員に渡す。渡した額はお会計丁度。つりは無し。
素晴らしい。スーツのパンツが軽くなった。


店員がトレイに番号札とビールが入ったグラスを乗せる。
「ワッパーは出来立てをお持ちしますので、お席でお待ちください」
了解。


トレイを受け取る。お席を探す。周りをみる。
隣のカウンターには俺より少し年がいった男が並んでいる。
格好は、グレイのジャケットに高そうな白シャツ。スリムなジーンズ。黒の革靴。
俺もそういう格好は好きだよ。
それにしてもそのトランク、重そうだな。
……こいつを対応している店員が、さっきの子より可愛い。


席を見つける。窓側のカウンター。飛び立つ飛行機が見える場所だ。
別に飛行機が好きな訳じゃないが、気分はいいな。
俺はそこに止まっているどれかに乗って日本に帰って来たのか?
それとも、それはもう飛び立ったのか?ドッグで燃料でも入られているのか?


ビールを一口--(グラスの半分以上だが)を飲む。
……アメリカで飲むアメリカのビールと別に変らないな。
なんだ?もっと熱い所--タイとか、
もっと寒い所--ロシアとか、に行ってやっと感じるものなのか?


座る時に目についた、
同じカウンターの数席左に座っている女の方に目を向ける。
ピンク色のワンピースを着た女だ。
生地は冬向きだが体に密着していて、肩も出ている。
丈は結構短いな。ファーがついている。ポリエステル?
この時期になると、女の「寒いのか熱いのか分からない」ファッションを、
良く見かける--(可愛いので好きだ)


そのワンピースも、彼女の雰囲気と似合っているけど寒くないのか?
ああ、テーブルの上にピンクと灰色の混ざったツイートのジャケットが置いてある。
畳まれているので分からないが、きっと丸首のかわいい奴だろう。シャネルかも知れない。
それと黒いバッグ。予想:コーチ。


髪の毛は黒髪に緩いパーマ。
横顔は中々良い。化粧は派手だ。それも悪くない。
派手な化粧が似合ってない地味な女性と、地味な化粧が似合ってない派手な女性が一番駄目だ。
でも、殆どの女性はその両方が似合っている。
後はその人が持つ雰囲気と仕草と調和しているかどうかだ。


彼女は携帯電話を弄っている。メールの返信でも書いているのだろう。
垂れ下がったストラップ。細長い形をしたパステル色の青い輪っかに白い真珠(きっと"風")
爪は長い。ここからではうまく見えないが、デコラクティブな感じだ。
その爪先で細長い携帯電話に付いた小さなボタンを器用に押している。
……この世の中には、
女性が携帯電話を指で器用に弄っている姿にフェティシズムを感じる男も多いだろうな。
今、そう気がついた。


改めて彼女の全体を見る。
高そうな--《金の掛かりそうな》女だと思う。俺は、苦手だ。
でも、その雰囲気こそがフィルターになって、
俺みたいな男が彼女に近づくのを弾いているのかもしれない。


面白い。


店員の登場。
「おまたせ致しました、ワッパーです」
「ああ、どうも」
トレイから番号札とワッパーをトレードする。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」
やっと来たか。
あと半分も残っていないビールとの割合をうまく考えて食べなきゃな。


携帯。着信音。シー、休符ラ♯シ、ラファ♯ソ、ラー。メール。
本体をスライドする。受信フォルダ。新規1件。画面を見る。読む。
件名:セットリスト
本文:これで頼む
   You Must Believe In Spring
   Solar
   'S Wonderful
   Lover Man
   All The Things You Are
   You Don't Know What Love Is



オーケー、大衆向けだ。
   



再び高そうな彼女の方に目を向ける。
彼女が携帯電話をバッグにしまっている。
正解:例の革製タグがバッグから垂れ下がっている--その黒いバッグはコーチだ。
店を出る準備だろう。


俺の視線に彼女が気がつく。こちらに顔を向ける--派手な美しい顔だ。
俺は間抜けでガッカリした顔を作って、大げさになりすぎない様に彼女から視線を外す。
ワッパーを手に持つ。包装紙をめくる。
彼女が席を立つ音。


彼女は今、なぜ、偶然同じ店に居合わせた見ず知らずの男が、
自分の顔を正面から見たとたん、がっかりした顔をして目を逸らしたか考えているだろう。
トレイを片付けに歩く彼女の目には、他の男の顔の事など入っていないはずだ。
気弱な、或は自分に自信の無い女性(大抵がそうだ)だったら、トイレの鏡に直行するか。
トイレに行った際、入念に自分の顔--きっと歯の間に食べ物が挟まってないかも、確認するだろう。


店員。「ありがとうございました」の声が俺の背中越しに聴こえる。
彼女が店から出たのだろう。
数秒後。振り返り彼女の背中を見つめる。
彼女はこちらを振り向くはずだ。
1、2、3、4……5、振り返った。


俺の顔を見る。少し口角を上げてやる。彼女の黒目と白目の比率が少し変る。
彼女は再び顔を進行方向に戻す。
他の旅行客にぶつかりそうになった。バッグを落とす。


俺も顔を元の方に戻す。
包装紙をめくられたワッパーに噛み付く。
中のソースが横からあふれ指に滴りトレイに落ちる。
匂いを発する玉ねぎと肉を噛み砕く。ソースが口元に付く。
勢い良く口から離す。咀嚼する。飲み込む。
口元に付いたソースを舌で舐めとる。
胃が温かくくなる。


窓の向こう側を見る。
飛行機が飛び立つ。






(つづく)









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