All That Fake/オールザットフェイク(3.Softly As In A Morning Sunrise)


目が覚める--窓から指す日光が顔の左半分を照らす。
まどろみ、まどろみ、まどろみ、上半身を起す。
ジーンズを穿きっぱなしで寝てしまったのか?--朝のジーンズは下腹部が痛い。
フロントのボタンを2,3個外す。
頭が痛い--時差ぼけか?
普段の寝起きのダルさとは違う倦怠感が体にのしかかる。
アメリカとパリの時差は何時間あるのだろうか?
パリに行ったマイスルやバド・パウエルも時差ぼけを起したのかと考える。
マスターベーションをする気力も起こらない。


首を曲げて壁掛け時計を見る。
11時44分--15時以降に起きると予想していたのだが大きく外れた。
健康的だな、と思いすこし微笑む。
毛布を蹴り上げる。


擦った脚で洗面所に向かう。地獄の様に眠い。
倒れて床に転がっていたデュワーズの12年--瓶を蹴飛ばす--親指が痛い、眠い。


洗面所。蛇口を捻る。水。手ですくう。顔を洗う--1回、2回、3回。
4回目にすくった水で口をすすぐ。
顔と手の水気をタオルで拭く。


トイレ。
便座は上がりっ放し。
右手でペニスを出した後、左手を添える。
し難くて仕方が無い--勃起時のそれは5回に2回は"的"を外す事に成る。
今日は無事に"的"の中に入った。
レバーを回す。流れる水とオレンジの液体……
これは随分濃い色だな--ビールの飲み過ぎか?
手を水ですすぎ、トイレに備えてあるタオルで拭う。


洗面台に備え付けられている棚から濃紺の歯ブラシを取り出す。
純白の練り歯磨き剤をチューブから絞り出し毛の上にデコレーションする。
歯を磨く、歯を磨く、歯を磨く、前歯、奥歯、表、裏--口をすすぐ。


ダイニングリビングに置かれた木製のイスに枝垂れ柳の様に座る。
「……あああぅい」欠伸と溜め息とゲップが混ざった--気怠い声。
朝飯と云うか昼食はどうするか?--食欲はあまりない--食べるべきだ--
体内時間をコントロールしろ、食事は取るべきだ--
まて、まずは水分を取るべきだ。


キッチン。
蛇口を捻る。水が流れる。
薄いガラスで出来たコップ--ウイスキーソーダ割り様のグラスで水をすくう。
1杯--飲み干す。2杯--飲み干す。3杯--飲み干す。
体が目覚めていくのを感じる。


冷蔵庫。なま物はなにもない。
フリーザーの方を開ける。冷気が手に忍び寄る。
冷凍されたパン--パンか……。
冷凍された白米--米か……。
冷凍された肉--肉か……。
冷凍された魚--魚か……。
つまり食欲が湧かない訳だ。
いっその事、今の時間からアルコールを摂取して食欲を湧かそうかとも思ったが、
夜に呑む酒がマズくなる、と思い直す。
冷凍された食パンを2枚取り出す。


キッチン。
1枚目にケチャップを、2枚目にマヨネーズを塗り両方にチーズを乗せる。
キッチンの端に置かれたオーブントースターに放り込む。
ダイヤルを5分に合わせる。
火力を捻り弱くする。5分。


蹴られたままの毛布。
ベットを整える。眠い。
ジーンズがずり下がる--腰まで引っ張り上げる。
外されたフロントのボタンを再び止める。
テーブルにうつ伏せに開かれたまま置かれたの本を手に取る--
フェデリコ・フェリーニ著:私は映画だ / 夢と回想
「……あああぅい」気怠い声。


キッチンを背にして、縁に体重を預ける。
親指と人差し指中指で本を支える--顔の前に持っていく。


 【白い道化師(ホワイトクラウン)とフール】
  私が道化師(クラウン)と言うとき、私はオーギュストの事を思い出す。
  実際のところ、道化師の二つのタイプは白い道化師とオーギュストだ。
  白い道化師は優雅、気品、調和、聡明、明晰を代表するが、
  これらの性質は理想的で、ユニークで、
  疑問の余地のない神性として道徳的に位置づけられている。
  だから、オーギュストにはこれらの否定的側面が持たされる。
  というのも、こんな風に白い道化師は母、父、教師、芸術家、
  美しいものチンッ!


チン。
トースターが料理の完了を告げるベルを鳴らす。
棚から白い皿を取り出す。トースターから2枚のパンを取り出す。乗せる。
コップに水を汲む。


天板がガラスで出来たテーブルに皿とグラスを乗せる。
テーブルごと持ち上げて、パソコンデスクの横に運ぶ。
途中、皿が落ちそうになる--おっと--落ちなかった。
イスに座る。


パソコンの電源を入れる。
熱いケチャップと溶けたチーズと香ばしい食パンに
噛み付く噛み砕く咀嚼する飲込む。
待機、待機、待機……パソコンが立ち上がる。
デスクトップ画面--
ジャック・ドゥミ監督【シェルブールの雨傘】のラストシーン--
雪が降るガソリンスタンドを映した壁紙。
熱いマヨネーズと溶けたチーズと香ばしい食パンに
噛み付く噛み砕く咀嚼する飲込む。
インターネットウラウザを立ち上げる。


「……あああぅい」気怠い声。
音楽を掛けようとオーディオの前に移動する。
コンポ横の棚に納めらている、多収納のCDケースから
ハービー・ハンコックの【ザ・ニュー・スタンダード】を取り出す。
コンポのCDトレイを開ける--
アルバート・アイラーの【スピリッツ・リジョイス】がすでに入っていた。
それをケースにしまい、新しいCDをトレイに入れる。
再生ボタンを押す。
ワン、トゥー--爽快なピアノのコードと、撓る(しなる)ベースの弦、
軽やかなドラムのクラッシュシンバルが鳴らされる。
アルバム1曲目の「ニューヨーク・ミニット」。


イスに座り直し、パソコン画面に向かう、水を飲む。水を飲む。
いつも見ているサイトを巡回する。
アカウントを持っているSNS--
ソーシャル・ネットワーキング・サービスにログインする。
した所で思い出した……移動--
バックから携帯電話を取り出す--電源は切れている--充電コードに繋ぐ。
通話ボタンを長押しして電源を入れる。メール件数16件
「……あああぅい」気怠い声。
昨日の空港での昼食以来確認していなかった。
〈題名:無題〉
〈題名:無題〉
〈題名:おかえり〉
〈題名:おかえりなさい〉
〈題名:RE〉
〈題名:無題〉
〈題名:もう起きた?〉
〈題名:寝てるんでしょ?〉
〈題名:Re:RE2〉
〈題名:無題〉……。


返信を書く。返信を書く。パンを噛み砕く。水を飲む。
返信を書く。返信を書く。パンを噛み砕く。水を飲む。
返信を書く。返信を書く。パンを噛み砕く。水を飲む。
数十分で全てのメールに返信を書いた。
……コーヒーが飲みたい。


ドリップ式コーヒーメーカーのコンセントを
キッチンの壁に付いている差し込み口に入れる。
棚からペーパーフィルターを取り出す--
右端を折り、水平になっている先の部分をそれとは反対側に折る。
ドリッパーにセットする。
冷凍庫から豆の入った袋を取り出す--
計量スプーンで3杯分の豆をコーヒーメーカー備え付けの電動ミルに入れる。
ミルに蓋をして指でスイッチを押さえる--ミルが廻りだす--騒音。
数秒後に指を離す--ミルが止まる。
中挽きされたこ−ヒー豆。それをドリッパーに流し込む。
給水タンクに水を入れる--これも備え付け。
スイッチを入れる--
後は自動でサーバーに入れたてのコーヒーを落としてくれる。
眠気。キッチンのシンクで顔を洗う--冷水が気持ちいい。
棚に吸盤で取り付けられたタオルリングからタオルを取り顔を拭く、
リングに掛ける。
10数秒、目を瞑る。目を開ける。

キッチンにうつ伏せに開いたままの本を手に取り読む--
フェデリコ・フェリーニ著:私は映画だ / 夢と回想


 【雑感3 「私は想像と現実との間に境界線を引かない」】
  1 私は何かを”治療する”芸術家なのではなく、
    私の映画は解決法を示したりイデオロギーを示すものでもない。
    私がやっているのは、自分に起こる出来事の目撃者になる事であり、
    自分を取り巻く現実を解釈し表現すると云う事だけだ。


コーヒーメーカーの方に目をやる。
オーケー、入れたてのコーヒーが完成している。
真っ白の陶器で出来たコーヒーカップ--
大きく量が入り持ち易いのて気に入っている--コーヒーを注ぐ。
飲む--良い香り--バッハはコーヒ好きだった、カンタータまで作曲している。
飲む--苦さと共にくる柔らかい甘み--
ベネゼエラのホセ・マンソ・ペローニが作曲し、
甥のウーゴ・ブランコが演奏して大ヒットしたコーヒールンバ
今ではスタンダードナンバーだ。
飲む--喉越しは柔らかい--
「コーヒスプーンで人生を測った。何もかも全て知ってしまった。
 黄昏の事も、朝旦の事も、午後の事も」
これはT・S・エリオットが書いた、
激情ではなく退屈さに苦しめられる男の詩だ。


本を読む。


 【雑感3 「私は想像と現実との間に境界線を引かない」】
  私の映画には、いわゆる"終わりのシーン"がない。
  物語は決して終局へと到達しない。なぜだろう?
  それは私が登場人物をどう考えているかによると思う。
  これは酷く説明し難いのだが……彼らは電線の様な物、全く変化しないで、
  始めから終わりまで監督の中で不断の感情を見せている照明の様な物だ。
  とにかく、彼らは進化する事が出来ない--それにもう1つ理由がある。
  私は作品を教訓化しよう等と云う考えは無いが、
  それでも、もし映画がそこで物語られる登場人物によって発見された解決を
  観客に示さないなら、
  その映画はより教訓的だと思う。


解決を示さない事で観客は解釈と云う責任を負わさせる、と云う事か。
カップの中のコーヒーを飲む終える--2杯目を注ぐ。
再びパソコンに向かう--携帯の着信--メール--〈題名:RE2〉。
返信を書く--送信。


オーディオから流れていた曲が止まった。アルバムが終わった様だ。
CDトレイから
ハービー・ハンコックの【ザ・ニュー・スタンダード】を取り出す。
CDケースからソウライブの【ターン・イット・アウト】を
取り出しトレイに乗せる。
開閉ボタン--コンポに吸い込まれる。
再生ボタン--1曲目のステッピン。オルガンの小気味良い音が耳に響く。
壁掛け時計を見る--13時6分。
携帯の着信--メール--〈題名:RE:起きてるよ〉。
返信を書く--送信。


再びパソコン。
SNSを見回る。書き込み。書き込み。
コーヒーを飲む。コーヒーを飲む。
眠気で途中何度も意識が飛ぶ。
他のサイトを見回る。情報。情報。
コーヒーを飲む。コーヒーを飲む。
情報。コーヒー。書き込み。コーヒー。情報--暇つぶし。


パソコン画面の右上にある時刻を見る--16時23分。
3杯目のコーヒーは既に飲み干した。
CDトレイの中身はソウライブの【ターン・イット・アウト】から
バルトーク作曲のオペラ【青ひげ公の城】に替わり、
スイート・ジャズ・トリオの【ライブ】が次いだ。
現在はプロコフィエフピアノ曲集【束の間の幻影】が入っている


時刻を見た後、パソコンの電源も落とさずにベットに向かう--眠気の限界。
スピーカーからは束の間の幻影--第9曲だ流れている。
ベットに倒れ込む、目を瞑る。目を開ける--天井。
再び目を瞑る--目を瞑る--暗闇--暗闇--夢。


夢。
「イッツ ショータイム!!」
シャワーを浴び終えた様にスッキリした顔の黒シャツを着た男が
鏡に向かって声を上げる。
「イッツ ショータイム!!」両手を大仰に広げる。
「イッツ ショータイム!!」男がタバコを口に銜える。
「イッツ ショータイム!!」傍らには覚せい剤が入った瓶が転がっている。
「イッツ ショータイム!!」--
ロイ・シャイダー主演の映画「オール・ザット・ジャズ」からの引用。
浜辺を少女が早足で歩いている。少女が後ろを振り返る。
にやけた顔の少年達が彼女を追跡している。
街の喧噪--ニューヨーク--脚を引きずりながら歩く男を、
カウボーイが支えている。
少女の顔--恐怖--悲鳴。
カウボーイの顔--恐怖--落胆。
脚を引きずる男が倒れる。カウボーイが男を抱きしめる--
ジョン・ボイド主演の映画「真夜中のカーボーイ」からの引用
夜。港。霧に濡れた2匹の犬。車--ガラスが曇っている。クラクション。
車のドアが開く--スーツ姿の男がそこから出てくる。
男がこちらに向いて言う
「やぁ、僕の名前は……」「アルフィー!」--車の中から女の声。
男が微笑む「アルフィ−だ」--
マイケル・ケイン主演の映画「アルフィー」からの引用。
「マドンナのライク・ア・ヴァージンの意味を教えてやろうか?。
 本物のファック・マシーンって感じの女についての歌なんだ。
 朝昼晩、ペニスペニスペニス……。
 そんな女がある日、信じられないくらいの巨根の男とファックする。
 するとどうだ?処女の時の様な痛みを感じて、処女の時を思い出す。
 そう云う歌なのさ」
「あれは恋する少女はまるで処女のような気分になる、という意味だろ」
「お前も、チップを出せ」
「なんで俺がそんなもんださなきゃならないんだ!」
「おし、各人のコードネームを決めよう。お前はピンク」
「ピンク!?この俺が!?」
「いやいや、わかっちゃねーよ。
 大脱走チャールズ・ブロンソンがトンネルを掘るみたいな勢いで
 ファックするんだ」
「こんな話聞いてられねえよ!」
「いいか、ウエイトレスの時給は低いんだ。
 じゃあどうやって生活していると思う?
 客が渡すチップだよ」
「俺は食い物の金は払ってんだ!チップなんか払わねーぞ!」
「我がまま言うんじゃない、お前はピンクだ!」
「ピンクだけは嫌だぞ!」--
ハーヴェイ・カイテル主演の映画「レザボア・ドックス」からの引用。


ベッドの上。いつの間にか毛布が肩まで掛かっている--
部屋の寒さに自分で潜り込んだのだろう。
目を開ける--瞼は軽やかに開く。
体中に汗をかいてる。
朝の起床時と同じく、水で洗顔と口を濯ごうと洗面所に向かう。
床に転がっていたデュワーズの12年--瓶を蹴飛ばす--親指が痛い、眠い。


洗面所での用を済ませてキッチンに行く。
キッチンの明かりを付ける。
コーヒーを入れる--2杯分。
壁掛け時計を見る--20時11分。


部屋を見回す--キッチン以外の明かりは付いていない--暗い。
パソコンの画面は付いている--ボンヤリと周囲が光っている。
そちらに向かう。ジーンズのフロントボタンを外し、ずり下げる。
右手でペニスを取り出す--イスに座る。
朝から我慢していたそれは既に(少しではあるが)大きくなっている。
インターネットブラウザを立ち上げ、アダルト動画サイトに繋ぐ。
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思ったが面倒だ。
トップページに貼られた動画から適当に良さそうな物を選ぶ。
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女がペニスにしゃぶり付く--女の口から卑猥な音が響く。
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ペニスがまた大きくなる

右手の親指と人差し指と中指でペニス持ち上下に動かす。
始めは優しく、ペニスが固くなってからはやや上下する速度を上げる。
精液が出始めるとそれを絡めて先端の方まで指を動かして行く。
画面の中の男女が上下に揺れる--俺は指を上下に動かす。
上下。上下。上下。
男女がオーガズムに達する--動画が終わる。


上下。上下。上下--まだ足りない。
トップページ--別の動画を探す。
目に付いた物をクリック--読み込み--再生ボタン--クリック--再生。
黒い下着を付けたショートカットの女がベッドに目を閉じて寝ている。
カメラが女に近づく。
画面の端から左手が出て来る--女の体を撫でて行く--
カメラを持っている男の手だ。
手が女の体を撫でて行く--胸を掴む--黒い下着を剥がして行く。
愛撫。クンニ。イラマチオ--女は目を瞑っている。
カメラがペニスを映す。女性器へ挿入してゆく。
腰を振る。やがて激しい動きへ。
動く。動く。動く。
俺は指を上下に動かす。
上下。上下。上下。
動く。動く。動く
上下。上下。上下--射精


箱からティッシィを取り出して腹に付いた精液を拭う。
ペニスを拭う。ティッシュがペニスの先端に張り付く。指でこ削ぎ取る。
画面の中の女が動き、男優のペニスを綺麗にする様に舐めている。
クリック--画面を閉じる。


ずり落ちたジーンズはそのままに、ソファーに向かう。
座る--ダルさを体が襲う--少しの眠気。眠気、ダルさ。
壁掛け時計を見る--20時55分。眠気。眠気。
体を起す--空腹。眠気。


キッチン。
蛇口を捻り出て来る水で手を洗う--精液がシンクに流れ落ちる。
大きい鍋に水を入れて火に掛け沸騰させる。
立て掛けてあるまな板と、棚から包丁を取り出す。


1:網に入れられているニンンクを、ひと欠片取り出す
  皮をむき包丁を横にしてニンニクに当て体重を乗せて押しつぶす
2:フライパンにオリーブオイルと潰したニンニクを入れて弱い火に掛ける
3:ニンニクが少しきつね色に成って来たら、種を抜いた鷹の爪を入れる
4:鍋の水が沸騰したら、塩とスパゲッティーを入れる
5:ニンニクが全体的にきつね色になったら、フライパンから取り除き、
  別皿に取っておく
6:スパゲッティーが少し柔らかくなったら、
  ゆで汁を適量フライパンの方に入れる
  --この際、油が跳ねたり、火が入らない様に注意する事
7:ゆで汁とオリーオイルを合わせて乳化させる。塩と黒コショウを適量加える
8:スパゲッティーが茹で上がったらザルに取り湯を良く切り
  フライパンのオイルと合わせる
9:よく混ぜたら塩とこしょうで味を整えて、皿に盛る


スパゲッティの上にバジルを振りかけてニンニクを乗せる。
皿とフォークと水が入ったコップをテーブルに運ぶ。
部屋全体の明かりを付ける。
テレビを付ける--BGMとしての使用。
イスに座る--夕食の開始。
ペペロンチーノは作るのが難しい。
オイルの分量。ニンニクの濃さ。辛さ。塩加減。

食べ終わる。時刻は21時47分。
ふと思い出して携帯電話を確認する。
着信3件。メールが6件--返信を書く--送信。


音楽を掛けようとオーディオの前に移動する。
CDトレイを開ける--
プロコフィエフピアノ曲集【束の間の幻影】を取り出しケースにしまう。
トレイには
チャーリー・パーカーの【ジャズ・アット・マッセイ・ホール】を乗せる。
開閉ボタン--再生ボタン--1曲目のソルトピーナッツが流れる。
チャーリー・パーカー--通称バード--サックスを持たずに現地に入り、
地元の楽器店で借りた安物のプラスティック製の
アルト・サックスの音色が響く。


本棚からジェームス・エルロイの【ホワイトジャズ】を取り出す。
ソファーに座る。適当なページを開き読み始める。
この小説が今の気分なんだ。
警察。悪党。悪徳警察。金持ち。マフィア。
新聞記事。女。娼婦。ポルノ雑誌。異常犯罪。犬の死体。人の死体。


本から顔を上げる。壁掛け時計を見る--時刻は23時1分--風呂に入ろう。
風呂場に行ってバスタブの排水溝に栓をする。
湯沸かしのボタンを押す--10数分後、湯が入った事を知らせる
アラーム音が鳴る。
ジーンズを脱ぎイスに掛ける。


風呂場。
シャンプーだ。洗顔だ。ボディーソープだ。トリートメントだ。
湯船に入る--お湯の温かさが心地よい。
腕を上に挙げ背中を伸ばす--気持ちのよい瞬間。
湯気、湯気。温かさ。


洗面所。
タオルで体と髪の水分を拭う。
時計を見る--時刻は23時47分--30分程入浴していた様だ。
ジーンズを穿く--いい加減に体を拭いた為、脚に残った水分のせいで穿き難い。
力を入れて腰まで持ち上げる。ボタンを留める。

地面に置かれたスタンドライトを付けて部屋の明かりを消す。
暗闇と温かいオレンジの光。


キッチンからショットグラスとビアグラスを取り出す。
冷蔵庫からギネスビールを取り出す--数回に分けてゆっくりグラスに注ぐ。
床に転がっているデュワーズの12年を持ち上げる。
ソファーに座る。ショットグラスにウイスキーを注ぐ--飲む。
舌に感じる刺激--喉に--胃に伝わる。
鼻に抜ける匂い--口の中で広がる香り。
もう一口飲む--刺激。匂い。香り。
ギネスの泡が消えていく--
バーだったら泡が消えるのを待つ間にトイレに行っている所だ。
缶に残るビールを注ぐ--チェイサーの完成。
焼ける喉にチェイサーを流す。円やかな液体が胃に流れる。
鼻に抜ける匂い--口の中で広がる香り。
デュワーズの12年を飲む干す。刺激。香り。刺激。刺激。円やかさ。


CDトレイの中身を
チャーリー・パーカーの【ジャズ・アット・マッセイ・ホール】から
リー・モーガンの【ザ・ランプローラー】に替える。
ドンッ--フロアタム。
リー・モーガンのトランペットと
ジョー・ヘンダーソンのテナーサックスがメロディーを奏でる。


ソファーへの帰り道。
デュワーズが転がっていた位置の隣りに転がらずに背を伸ばしている、
床に褐色の影を作るジョージディッケルNo12を手に取る。


ソファー。
手に持ったテネシーウイスキーをショットグラスに注ぐ。
一口目。刺激。二口目。円やかさ。
10秒のカウント……6、7、8、9、10--
チェイサーのギネスを喉に流し込む。
胃の底から頭に血が昇って来る。瞑った目の中--暗闇が白くなる。白くなる。
体と脳みそを休める為の今日--白くなる。
鼻に抜ける香り。深呼吸。


本棚。
ブレット・イーストン・エリスの【ルールズ・オブ・アトラクション】を
取り出す。
手に取った一瞬、アメリカン・サイコにしようか、
或はジェイ・マキナニーのモデル・ビヘイヴィアにしようか迷ったのだが、
そのままソファーに戻る。


ウイスキーを飲む。チェイサーを飲む。本を読む。
文章が頭に入って来ないが、頭に入れる必要の無い文章なので、
この本を選んで正解だった--3冊どれも変らない--
孤独と切なさとどうしようもなさを共有して。


20分程読んで瞼を開いている事に限界が来た--眠気。眠気。
ショットグラスの中身を飲み干す。
本を区切りの良い所まで読み進める。
そのページを開いたままうつ伏せに置く。
チェイサーを飲み干す。


ベットに向かい毛布に潜り込む。眠気。
目を瞑る。眠気。眠気。眠気。
眠気。夢。


夢。










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