All That Fake/オールザットフェイク(5.52nd Street Theme〜All The Things You Are)

楽家にとっての勝利とは何か?
俺はそれを考えた事があるし、一定の答えも出ている。
これは勝利の期間を如何するかで答えが代わる問題だ。


Q.100年--A.100年先も聴かれる音楽を残す事
Q.50年--A.50年先でも誰かに鼻歌を歌われる音楽を作る事
Q.30年--A.30年先の生活を保障してくれる音楽を書く事
Q10年--A.10年後にも金になる音楽を発表する事
Q.1年--A.少しばかり有名になる事
Q.1ヶ月--A.満足のいく演奏をする事
Q.1日--A.


楽家にとっての1日の勝利は決まっている。
それもジャズメンにとっての勝利条件は徹底的に決まっている。
それを忘れてしまっている奴はジャズメンである事を忘れてしまった奴だ。


楽家にとっての1日の勝利、それは。




ジャズクラブ【フィネガンズ・スウィング】。
この新宿に店を構える老舗のジャズクラブは、
靖国通りと新宿通りに挟まれた様に存在している。
つまり所在地はゲイとバイセクシャルの都、
新宿2丁目だ--正確にはその入り口だ。
この店を通り過ぎるとそこはもう彼の2丁目だ。


リハーサル--5分だけ、
が終わったスーツ姿の男たちが各自控え室で寛いでいる。
美馬が上半身裸で体を捻りストレッチをしている--
相変わらず鍛え抜かれた身体だ。
元木はソファーでギターをつま弾いている--曲は
ジョー・パス風に編曲された「オルフェネグロ」だ。
俺はシャツのボタンを3つ開けてソファに腰掛けている--
ステージではボタンを多く開けても2つだ。
開け過ぎは下品だろう?下品なのが悪い訳じゃない。
時と場合だ。それはセンスの話しだ。



何処かから帰ってきた瀬野山--こと最悪が俺の隣りに座る。
「ねむい」--瀬野山が欠伸をする--顔の痣を手で撫でる。
「顔の痛みで眠れなくてさー」--こちらが疑問を口にする前にそう答える。
「噛み切られないだけ良かっただろ?」--意地の悪い笑顔を
瀬野山に向けてやる。
「あー」--そういって瀬野山は股間を手で押さえながら
ソファーにしなだれ倒れる。


そのままの格好で瀬野山が話しだす。
「さっきさ、その女からメールが来たの」--少し小さな声。
「ああ、さよならのお手紙か」
「やー、ごめんなさいだって。今度会える時を教えてって」--暗い声。
「ああ?」--俺のこの時の顔は「へー」三割り、
「そんなものかもな」5割り、「まじかよ」2割りの表情だ。


淀川長治フェリーニ監督の映画【道】を解説する際に、
「男女のオリジナル」という言葉を使った。
そうだ、5万組のカップルが居れば5万のオリジナルな関係がある。
だから、なんにせよ、男女の事はその2人だけにしか判らない。
もしかしてその2人にも分っていないのかもしれないけどな。


「柏木聴いてくれ、こんな話しもある」--横にしていた体を起き上がらせて、
俺の顔を見る。
「ある所に女が居た、年齢は30前後」
「ああ」--相づち。
「彼女は吉祥寺にあるそごうに勤めてる。洋服屋だ。
 30手前から40歳位の女性相手に、
 カジュアルだけど上品な洋服を販売している。
 スリムでシンプルで少々マニッシュな」--人差し指を立てる。
「スーツも売ってる、けど全部パンツスーツ、スカートはない?」
「そうそう。柏木ちゃんあの店に行った事あるの?」--人差し指と中指を
俺に向け指先を動かす。
「かもな」--服と客の傾向から何となくは想像がつく--
といっても吉祥寺なら、
何時かの彼女と一緒に行った事はあるかもしれない。


「彼女にはお気に入りの男が居たんだ。
 年下のな。2人は良く飲みに行っていた。
 飲み代は大抵彼女がごちそうしてやっていた。
 楽しい事も他愛のない事も話した。
 仕事の愚痴も、将来への不安も彼には話した」
「良くある話しだな」--相づち。
「まぁ、好きだったんだろうな。彼女も自分でそう思っていたし、
 彼もそうに違いないと思っていた」
「ああ」--話の先を促す。


「ある日、2人は何時もの様に酒を飲んで飯を食っていた。
 何時もの様に楽しかった。
 場所は個室になっているちょっとお洒落な居酒屋だ」
「経営者が居酒屋って名称が気に食わない場合、
 和風ダイニングバーと名乗っている様な店だな」
「そうそう」--瀬野山がはははと笑う。
「そんな店で2人は楽しく飲んでいた訳よ、何時もの様にね。
 そして彼は彼女にキスをした。
 2人はこれまでふざけ合って体を触り合った事も、手を握った事もあった」
「随分丁重な順番だな」--或はちゃんとした男と女だ。
 或は因習に捕われている。
「だなー。で、短い短いキスが終わった後、彼女はトイレに立った。
 彼女はそこで鏡を見る、自分の顔を見る。
 そして彼女は泣いた。」
「ふーん?」--同意と疑問。
「鏡を見る、顔を見る、彼女は涙を拭く。
 化粧を整える。その晩はそこで別れた。
 以降、彼女と彼は一緒に飲みに行く事もなければ、
 電話やメールをする事さえ無くなった。
 彼の方は何度か誘いのメールを送り電話も掛けたが、
 彼女はそれに応じなかった。
 この話し、判るか柏木?」
「本心は常に隠されている。或は自分自身でも気づいていない」
「いやまったくそうなんだよそうそう!」--ウィンク。笑顔。


愛の関係に普遍性と云う物はない。
そのどれも特殊で、ありとあらゆる小説や映画で
これこそが男女の恋愛だという物を提示されても、
それはそこに出て来るヒーローとヒロインの関係でしかない。
愛の関係にあるのは特殊性だけだ。


「でだ柏木ちゃん。
 さっきメールを送ってきた彼女もそうだと思う訳よ」
「そう思えば簡単な話しだな」--瀬野山を少し意地悪い目で睨んでやる。


鳴っている音楽が変った。
元木が奏でていたジョー・パス風「オルフェネグロ」が終わり、
横田明紀男風の「マイルストーン」に変る--ああ、この曲はやっぱりいいな。
それに元木はやっぱりギターが上手い。


「俺は最悪だろ?もう死ぬなりした方が良いんじゃないかと、
 こういう時に思うんだ。俺なんか死んだ方が良い。
 あんな女を作るのはもうこりごりだ」
瀬野山が親しく無い人間が聞いたら冗談と捉える様な言葉を口にする--
だがこれは彼の本気だ--俺や元木--親しい人間ならそう判断する。


「瀬野山。きっとどんな事でも複雑だと思うんだが」--
あんな女というのが他の女の愛液を飲ませたのに
謝罪を申し込んで来た女なのか、
こんな話しもある--の男が瀬野山だとして、
キスをして泣かれた方の女なのか、
どちらなのか?と考えながら話しを続ける。


「それは一般的にはそう言われているとか、
 だから仕方ないとか、それが当たり前とか、
 そう言った事に捕われてるからじゃないかと思うんだよ。
 奴らを少しでも外す事が出来れば、
 ちょいとばかし話しは簡単になるんじゃないかな」--
そして少し微笑んでやる。
「あーそういうもんか」--目を見開く
「最悪さん今日はあまりにも落ち込み過ぎだろ」
「バレてる?」--苦笑い。
「分るよ」--こいつとは何年の付きあいに成るかな?
「お前の好きな様にやれよ」--好きにやればいい--お前と女の話しだろう。


愛の関係の普遍性なんて物を信じた末に出来上がるのは、
一生童貞の男と、自分が結婚できない事に文句を言い続ける女と、
旦那に文句を言い続ける主婦だけだ。
特殊性を信じればこそ、初めてオリジナルのカップルが生まれる。
そんなものだろう。


「繋がらない」--誰の声だ?
目線を瀬野山から外す。
「実弥利の携帯がつながらない」--声の主は美馬だ--
上半身裸のまま少し怒った顔。
顔を俯かせ少し猫背--肩と頭から湯気が出そうな雰囲気だな--怒っている。
音楽が止まる--元木が手を止めて美馬に問う--「どうせ何時もの店だろう?」
「だよな。店の方に電話してみよう」--美馬が傍らに置かれた
ジャケットから携帯電話を取り出す。
操作--電話番号呼び出し--通話ボタン--沈黙--コール音がこちらにも聴こえる。
1回、2回、3回--結果、10回コールしても繋がらない。


美馬が天を仰ぐ。
「仕方ないから店に行って呼んでくる」--諦め顔、
そして俺達に申し訳なさそうな顔。
急いで体の汗をタオルで拭いてシャツを着ようとする--仕方がないな--
「俺が行って来るよ」
「ありがとう、でも」--申し訳なさそうな顔
「気にするなよ」--美馬が俺の言葉を否定し終える前にそう言ってやる。
「美馬達は準備しておいてくれ」--早々と店の外に足を向ける。
「頼んだ」--俺の背に美馬が声を掛けた。


実弥利--葉上実弥利--彼は我らのドラマーだ。
つかみ所のない男で良くこうして勝手に消える--そしてドラムの腕は良い。
彼の行きつけの店に向かう。
店の営業形態はBar。名前は【フィルソン】。
場所は【フィネガンズ・スウィング】の裏--つまり2丁目の中だ。


店を出る--赤と青のネオン--【フィネガンズ・スウィング】の看板を潜る--
道を歩く。
隣りの雑居ビルの入り口にある階段に腰掛け2人の男が肩を寄せ合い座っている。
歩道を歩く--歩道沿いにある照明が暗い飲み屋から男が勢い良く出て来る--
ぶつかりそうになる。
「ごめんなさい」--高い声--男は頭を下げて勢いよく走り去る--
買い物でも頼まれたのかもな。
歩く--音楽が聴こえる--四つ打ち--うなりを持つベース--ハウスだ。
並んだ雑居ビルの一回は大抵が飲食店になっている。
外にテーブルが置かれている--男たちが座っている。店に扉はない。
室内の温度を保つ為に透明で厚いビニールが
軒先から地面にのれんの様に垂らされている。
室内は、赤、青、ピンクのライト。全ての店からハウスが大きな音で聴こえる。


道を右に曲り小道に入る。
向こうから男が歩いて来る--黒のジャケットに黒のパンツ、黒の革靴。
普通の格好--だがジャケットの下は
透けている網タイツの様な素材のTシャツを着ている--
どこかのクラブの従業員だろう。


小道を抜け大きい道に出る--ここは仲通りと呼ばれている。
新宿2丁目の中心的な場所だ。
1600円12時間の文字が見える--ネットカフェだ。
男達の写真--ホストクラブだ。
初心者歓迎--そう書かれた看板が見える、飲み屋かなにかだろう。
筋肉が盛大に付いた短髪の白人が白いビキニパンツ一丁で肩肘立てて寝ている--
アダルトグッズ売店の看板だ。
熊の様な大きな体とヒゲを蓄えた男が2人して
抱きしめ合っている--頬を擦り合う。
革で出来た露出の高い警察官の衣装を着た痩せた青年が男数人とはしゃいでいる。
スーツとネクタイ姿、
白髪のサラリーマンと若いサラリーマンが笑顔で手を繋いで歩いている。
外国人3人が肩を組み酒を飲んでいる。
腕時計を気にして立っている男の後ろから別の男が抱きつく--男は笑顔になる。
ホストクラブ。飲み屋。バー。ホテル。エステ。喫茶店アダルトグッズ売店
ネットカフェ。駐車場。鏡ばりのジム。スナック。ステーキ屋
仲通りは新宿歌舞伎町の中心地だ。
ああ、活気のある街はいいなと思う。
色々な事を無視して、俺は取りあえず愛の信奉者でいようと思った。


仲通を早々に曲り、再び小道に入る。
この小道に立ち並ぶ雑居ビルの中には様々な飲食店が数十と並んでいる。
それぞれがそれぞれのコミュニティの場所なんだろう。


そんな雑居ビルが並ぶ中の1つ、
3階に目当てのBarがある。
FILSONと書かれた小さな黒い金属の表札--文字は細く白い。
暗く赤い重厚な木製の扉--横に小さく〈会員制〉の文字--
だが実際には会員制ではない--冷やかしと女性の客に対する
魔除けの塩みたいな物だ。


取手を握り力を籠めて扉を押す--暗く赤い扉がゆっくりと開く。
甘いアルコールと甘い葉巻の匂いと甘い音楽--ジャズ--が漏れる。
店の中に体を入れる--「いらっしゃいませ」--店の中--
男の声がカウンターの中から聴こえる。


扉を後ろ手で閉める--男の顔を見る--男もこちらを見ている。笑顔。
年齢は俺と近い。髪は黒--前髪は下ろしているが耳は出ている。
襟足も短い--白い肌--サッパリとした顔立ち--黒縁の大きめの目の眼鏡--
きっとトムフォードの眼鏡だ--笑顔。
やせ形--だが肩幅はある--骨も太い--長身。笑顔。
服装はスーツ--ラルフローレン--きっとブラックレーベルの物。
いったいどこにそんな金があるのかと思う。笑顔。



「いらっしゃいませ」--男が俺にそう言った--笑顔。
「こちらのお席にどうぞ」--男の前のカウンター席を勧められる。


店内は暗い。間接照明が少しだけ。
天井からは品のいい小さな黒いガラスのシャンデリアがぶら下がっている。
L字のカウンター、艶のある重厚な木目。
テーブル席が3つ。2つはイスが背の高いスツール。
1つは黒い革張りの低いソファー。


「よぉ」--俺はそういって進められたカウンター席に座る。
「こちらをどうぞ」--おしぼりを両手で手渡される--両手で受け取る。
「何に致しますか?」--笑顔--目の前の男は一杯目に何を飲むか俺に訪ねている。
「水で良いよ」--眉毛を少し上げて答える。
「バーにいらしたのにお水!?」--大げさに驚く。
「演奏の前には呑まないんだ。呑む奴も一杯居るけど俺は呑まない。
 呑んで演奏で酷いミスをしたらアルコールのせいにしてしまう」
「演奏?お客様演奏家なのですか!?」--大げさな驚き--笑顔。
「いつまでこの茶番は続くんだ?」--呆れた顔。
「何時まででも」--眼鏡の奥の瞳から笑顔--笑顔。


カウンターの中に居て俺の目の前にいるのは、
我らのドラマー葉上実弥利だ。
いったいなぜこいつがカウンターの中に居る?
ドラマーに嫌気がさして2丁目のいきつけのBraに就職した訳でもないだろう。
よく見れば葉上の前の前--カウンターの上にカクテルが置かれている。
銀色の液体--シルバー・ブリットだろう--こいつの愛用酒だ。
ライジン--キュンメル--レモンジュース--シェイク。
仮にここに就職したってのなら、
さすがにこの時間からバーテンダーがアルコールを飲むのは駄目だろう。



カウンターにガス入りの水が置かれる。
「なんで?」--必要最小限の言葉で疑問を口に出す。
「マスターがどこかかにいっちゃってね、店番を頼まれた」--葉上は
やっと普通の顔に戻る。
普通と言ってもこいつは良く笑顔になっているのだが--
笑顔を絶やさない男って奴だ。
「電話は?」--必要最小限。
「ああ、あれ達也からだったのかい?携帯の電池切れてたかな?
 兎に角、店の電話が鳴っても取らなくいいと言われていたから」
「なるほど」--最小限。


「お、噂をすればだよ」--扉の方に顔を向ける。
扉が開く--男が入って来る。
年齢は50歳くらい。短髪の白髪--良く焼けた肌。
服の上からでも分る鍛えられた体--張り出た胸板--だが体型はスマートだ。
黒のスラックス--白いシャツ--黒いベスト。
服装のせいで腰のくびれと手足の長さが際立っている。
彼こそがここの本当のマスターだ。


若い頃モデルをやっていたと言われても信じる--いや今でも
金持ち向けのファッション雑誌--LEONやGOETHE
モデルをやっていると言われたら信じる。
もっともあの雑誌のモデルは殆ど外国人だけどな。
だがマスターは顔立ちが何処か日本人離れしている--彫りが深い。
もしかして本当に何処かの外国人の血が入っているのかも知れない。


「やぁ柏木君」--口角を少しあげて俺に笑顔を向ける。
「どうも」--少し頭を下げる。
アメリカはどうだった?」--世間話。
「ええ、良かったですよ。マスターオススメのバーにも行ったけど最高でした」
マスターは若い頃アメリカでバーテンダーの修業をしていたらしい。
「だろう」--ウインク。
「実弥利君。留守番ありがとう、
 荷物を仕舞って来るからもう少し待ってて」--そう言って店の奥に消える。


「なんでマスターが来るって分った?」--疑問。
「座っていると判らないだろうけど、ここに立つと足音が聴こえる」--回答。
「どんな構造だよ……」--そう云う物なのかもしれない。


カウンターの中にマスターが入る。
実弥利はこちらに回り椅子に座る。
急に目の前の絵図が引き締まる--これが本職の風格というやつか。
そんな事を思った--中々素敵な物だ。


「ああ、柏木君、この前、アトラクトされてたよ」--マスターが少し
意地の悪い笑顔を浮かべる
「されてたされてた」--葉上が目を輝かせて声を出して笑う--あははは。


アトラクト……?Attract?……注目される?


疑問が顔に出たのだろう、
マスターが何処からかノートパソコンを取り出す。
「ガルバナイズウェブは知っているだろう?」
「ゲイ御用達の情報サイトでしょう?こいつから聞いた事があります」--
親指で葉上の顔を指す--
葉上は笑顔


ノートパソコンの画面を俺に向ける--無線でネットに繋がっている様だ。
「そう、色々なニュースやイベントの告知。
 コラムや小説も連載されている。震災やエイズ関係の募金活動もしたりな。
 その中にアトラクトってページがある」--Attract--注目。
「街なんかで見かけて気になった男や一時の接触をした男の事を書き込んだり、
 また会いたい、と連絡を求めるページだ」--一時の接触
「はあ」--疑問。
「求愛だな。読めば分る」--液晶を指差す。


俺はそこに目を向ける。
簡素な掲示版の様な作りになっている、返信等は付けられない様だ。
だが書き込み事にメールアドレスが登録してあり、
ボタンを押すと書き込み主にメールを送る事は出来る様だ--
なるほど--また会いたい、と連絡を求める求愛のページだ。
文章を読んでみる。
ページ番号から察するに少し前の書き込みらしい。
日付は……俺がアメリカに行く少し前だ。



『書き込み番号:34570』歌舞伎町のジム
更衣室で目が合った髪が短髪のお兄さん、凄い素敵でした。
服着た後は大久保の方に歩いて行ったよね。
たぶんこっち系だと思うの。
僕はハーフパンツで髪の毛はミディアム、赤いTシャツを着てました。
よかったら連絡下さい。
シンジ 〈新宿〉 [メール]


『書き込み番号:34569』板橋のK公園
陸上部だといっていた人、
触りっこ楽しかったよ。お互いすごい立ってたよね。
あの時は直ぐ別れちゃったけど、
メールのアドレス教えて欲しいな。
フォイト〈上野〉 [メール]


『書き込み番号:34568』新宿の路上
3丁目で見かけたスーツで紳士なオジサマ!すごい格好よかった!
帽子も似合ってた!
女性連れてたけど、オーラはこっちの感じだった。
連れてた女性は商売の人かなんかかな?
クラブとかのオーナーなのかも。とにかくすっごい格好よかった!
もし、もし見てたらお話したいです!
ケンジ〈品川〉 [メール]


『書き込み番号:34567』2丁目の仲通り
昨日の2丁目で光沢ある灰色のスーツ着てた20代か30くらいの、
身長が高いあなた、素敵でした。
靴はブラウンだったかな、仲通りの外テーブルで飲んでたんだけど、
仲通りを横切りましたよね、
一瞬だったけど背筋と脚が伸びていて歩き方も綺麗で、
すごい素敵だった。また会いたいな。
KN〈新宿〉 [メール]



「この書き込み、あの夜もこうやって俺の事を呼びにきたし、
 日付といい伸びた背筋と歩き方といい柏木の事だろう?」--
4つ目の書き込みを指さして葉上が笑う。
俺は頭を抱えてついさっき
色々な事を無視して、取りあえず愛の信奉者でいようと思った事を
取り消そうと思った--10秒間だけ。
「別に悪い事じゃないんだぞ。
 ゲイの間ではアトラクトされるのは1つのステータスなんだ」--マスター。
頭を抱える--頭痛がする--5秒間だけ。
「達也に自慢できるぞ」--葉上--笑顔。
顔を上げて目頭を押さえる--目眩がする--3秒間だけ。
「今度柏木君が仕事がない時に一杯ごちそうしよう、記念だ」--マスター。
天を仰ぐ--1秒間だけ。


気を取り直して十数分程世間話をする。
新宿で起こった出来事、2丁目で起こった出来事--どこでも事件や噂は絶えない。
その前に美馬に葉上確保の連絡を入れた--通話。
美馬は「すまないな柏木。まったくあいつは」と怒っていた。


そして十数分世間話をした後、
「おし、葉上、時間だ。仕事に戻ろう!」--と何かを振り払う様に
勢い良く椅子から立ち上がる。
「よしいくか」--笑顔。
「いってらっしゃい、店番ありがとう、美馬君によろしく」--マスターが
俺達の背に手を振る


扉。階段。小道。仲通り。小道。
「俺は昔から柏木の尻はいい形だと思っていたよ」
「やめろよ。今の俺にその冗談は厳しい。美馬も嫉妬する」
「するかなぁ?」
「雨が降りそうだ」
「靴でも飛ばして占ってみようか?」--笑顔。
上から覗き込む様な姿勢。悪戯っぽい笑顔。
葉上は俺より身長が高い。
幾つだ?180CM越えているのは確実だろう。
そんな奴が眼鏡の奥から笑っている目を覗かせる。
「やめろよ」--呆れた笑顔をこいつに向けてやる。


【フィネガンズ・スウィング】。青と赤のネオン。従業員入口。楽屋。美馬。
「携帯の電池はちゃんと充電しておけよ」--美馬。
「お見通しか」--笑顔の葉上。


美馬の顔をみる。服を着ている。
何時もの様に冷静な表情だが、これは怒っているなと思う。
自由奔放な恋人を持つと気苦労が絶えないのは男女同じだ。


元木が優しい表情で携帯電話にメールを打っている。
きっと例の彼女だろう。
そんな元木に瀬野山が声を掛ける。
「大変だな……」--気の毒そうな顔。
「なんだよそれ。
 そこは、はいはい元木ちゃん彼女にメールで愛を報告して行くぅ!
 とかいってくれよ……」--疑問と情けなさが合わさった顔。
「いや、元木の気苦労は知ってるからそれは言えないよ」--真面目な顔。
「や、俺、彼女、好きだよ?」--疑問と強調が交じった言葉。
「おう、でも大変なのも知ってる」
「……そうか」--2人してなぜか落ち込んでいる。
10秒後。
「大変だよな、今日もこの後、彼女からの頭撫でられタイムなんだろ?」--
瀬野山が打って変わって悪戯な顔を浮かべている。
「……」--それに対して元木は口を開けて呆れた表情--
眉間に皺が寄る--目元が下に落ちている。


「……」--瀬野山
「……」--元木
「ごめん」--瀬野山
「おう」--元木


こいつらは仲が良い。
というより、出会ってからの時間が、
ここに居る俺達の誰より一番長い。



そうして楽屋で十数分が経った。
「そろそろだ」--美馬の声--引き締まった声。
「おし」--これは葉上だ--少しの笑顔。

周りを見る。
瀬野山と元木は引き締まった表情--緊張だ--俺も同じだ。
そうだ、そろそろステージが始まる。


ネクタイを締める。
何時もの様に細いナロータイ--色はグレイ--少し光沢がある。
何時もの様にスモールノットで首に巻く。
鏡を見る。オーケー。
巻き方、スーツ、髪型。
何より表情がオーケー。今日も戦える。


「やぁそろそろ準備はいいかい?」
筋肉質--マッチョといっていいレベルの中年の男が楽屋に現れる。
【フィネガンズ・スウィング】の店長--高橋さんだ。
馴染みの客やミュージシャンからはコウちゃんとかコウさんと呼ばれている。
高橋さんの下の名前は公司だ。因に頭は坊主だ--よく似合っている。
大きな目と大きな口--年の割りにあどけない顔。
そして朗らかな笑顔。
典型的な鉄火場の親分の一人だ--笑顔で無理を通すタイプの。


「大丈夫です」
「オーケー」
「いきますか」
「おし!」
「いいですよ」--5人のスーツを着た男達が各自返事をする。


楽屋を出る。
ステージの袖から客席が見える。
【フィネガンズ・スウィング】の店内は正方形の形をしている。
真ん中にテーブル席がある。
それを囲う様にスツールと一人様のテーブル席がある。
ジャズクラブは一人で来る客も多い。その為の配慮だろう。
この店では音楽を聴くだけではなくアルコールを飲むのは勿論、食事も出来る。
壁際にはバーもある。
ここでカクテルやハードリカーを飲みながら演奏を聴いても良い。
店内は程よい暗さ。2メートル離れたら相手の顔の皺は判らないが、
1メートル以内ならば相手の瞳の動きも判る。
恋人達の距離。それはまた、周りから邪魔をされずに一人で飲む為の距離だ。
つまり典型的な良い雰囲気のジャズクラブの体を成しているのがこの店だ。
俺はこの店を気に入っていた--そんな店で演奏できるのは名誉な事だ。


最大収容人数は100人くらいだろうか--今日は席の大半が埋まっている。
観客の中には何人も見た事のある顔が並んでいる--常連さんという奴だ--
女性が多い--少ないが若い男もいる。感謝だな--と思う。
カップルで来ている客も居る。良い事だ--若いのも--中年のカップルもいる。
バーのカウンターには常連の中年の男性がいる--
期待を裏切ってはいけないな。
昔は中年の常連といえばうるさ型の客だったらしいが今では大分違う。
もっともベテランジャズメンの観客にはそう云う人も多いだろうが。
なんだ、演奏者のファンの関係には色々とある、という話しか。


ステージ--と言っても客側のスペースと段差が大してある訳ではない。
10CMちょっとの壇があるだけだ。
そこにグランドピアノがある。ドラムセットがある。
セミアコのギターとアンプが共にセットされている。
ウッドベースがスタンドに立て掛けられている。


俺はテナーサックスを抱える--セルマー製の
スーパーアクション80、シリーズⅡだ。
彼に付けられてるストラップを自分の首に掛ける。
テナーサックスは重い。
サクソフォニストの職業病がある--長年この職業に関わると、
サックスの重さで頸椎が歪む--潰れる--手足に痺れがでる。
俺はその症状を感じた事がないが、これからどうなるかは判らない。


着ているスーツのジャケットを整える。
髪の毛に触る--整える。
深呼吸をする--整える。
頼むぞ--そんな思いでサックスのベルを右手で掴む--整える。


ステージ脇に居る高橋さんを見る。
唇が微かに動く、指を鳴らす--(パチン)--左足のつま先を上げて、
踵を支点に左右に揺らす--(スウィング)--それは小さなダンスであり、
演奏が始める前の彼の呪い(まじない)--(そして祈り)--だった。


「アレは何て言ってんるんだ?コウちゃんは。あの呪文は?」--瀬野山--疑問。
「今度教えるさ」--保留。
(フィネガンズ。起きろ、スウィングで目覚めろ)--そう言っているのさ--
心の中でそう言った。
「ふーん、まぁ楽しみにしておくよ柏木ちゃん」--瀬野山はそう言って
ステージの方を見る--真剣な表情。
戦う前の格闘家の眼をしている--用心深くも熱い視線という奴だ。


「ふーふんふんふー」--元木--鼻歌。
指をストレッチさせている--人差し指を伸ばす--中指を伸ばす--薬指を--小指。
今日も調子が良いな--緊張の中の冷静さ--頼むぞ。


美馬と葉上が寄り添って何かを話している。
俺達が居なかったらキスをしていただろうな。
周りに気を使えるカップルというのはそれだけで素敵な物だ。
ステージの光がこちらにも反射している--2人の顔を僅かに照らす。
美馬の顔は怒っていない--少しナーバスな顔。
対する葉上はいつもの笑顔--小さく顔だけで笑っている。
なかなか映画的な場面だな。


ステージの光を見つめる--見つめる。
光は--光だ--見つめる
時間が過去に戻る。過去を--見つめる。


楽屋、ソファ。いつかのどこかのジャズクラブ。
「緊張しているな」--師匠--何処からか現れた。
そして立ったまま俺に語りかける。
「ええ」--俺。
師匠が笑う--何時もの様に長い髪を耳にかき上げる。
細身のジーンズにグレイのカットソーという格好。
加治さん、その服は胸元が少し開き過ぎじゃないかな?
胸の谷間が少し見えている。


「なんで人って緊張するんですかね?」--俺は別の疑問を口に出す。
「人前だから緊張する。
 そして真剣に何かをやっているなら……私達の場合ならきっと音楽だ。
 そういう真剣にやっている物を遂に人前で披露する」--微笑む。
笑う事で何時もより切れ長になる師匠の美しい瞳に俺は微笑みを返す。
「上手くできるか出来ないか。終わった後の自分に喜びが待っているのか、
 失望が待っているのか。
 それが判らない、だから自分自身に緊張する」--瞳はもう笑っていない--
真剣な表情、深い黒い目。
「ええ、師匠分りますよ」--俺は涙ぐみそうになる。
死んでもそれを悟られない様に涙を堪える。
「きっと2つ目の緊張からは逃げられない。
 1つ目も難しいが方法もある」--そう言って笑う。


男前な笑顔だ--困った--俺はこの笑顔に困ってしまう。
その方法は一体なんだろう?そんな顔で加持さんを見上げる--師匠--
微笑んでいる。
柔らかい笑顔になっている、この表情だと睫毛の長さがより際立つ--
困った--俺は加治さんのこの笑顔にも困ってしまう。
左手で頬を優しく撫でられる--加治さんの手は冷たく柔らかい。
顔が近づいて来る--微笑み。耳に掛かって居た長い髪の毛が落ちる。
その毛が俺の頬に触れる--くすぐったさを感じる。
俺の唇と、師匠の唇が触れあう。
この人は俺の弱々しい顔に弱いのだと思う。
加治さんの唇は温かく柔らかい。
1秒--2秒。
俺の唇から離れた師匠の口が耳元に近づく。
「いいか、柏木。その方法は」



ステージの光を見つめる--見つめる。
光は--光だ--見つめる。
現在を--見つめる。


「唯一全うな敵は自分一人」--師匠の唇が俺の耳元で動く。
「唯一全うな敵は自分一人」--俺の唇がステージ脇で小さく動く。
「戦うべきは自分自身だけ」--師匠の唇。
「戦うべきは自分自身だけ」--俺の唇。
「そいつとは戦う価値がある」--師匠。
「そいつとは戦う価値がある」--俺。
「そして不敵な笑顔になれ」


笑う。
そうだ戦う価値がある。
「柏木ちゃん今日も良い顔だね。頼もしいな!」--瀬野山。
「そうだろ?」--微笑んでやる。
頼もしい?手の平は汗ばんでいるってのに?
まぁいいさ。お前が良い演奏をしてくれるというのなら、
俺は幾らでも頼もしい振りをしてやるよ。
そうだ、まったく、戦う価値がある。



高橋さんが俺達の顔を見回す。
「さぁやってくれ」



袖から舞台へとスーツ姿の5人の男達が出て行く。
観客の拍手。ステージの光。革靴の足音。
心臓の鼓動。汗ばむ肌。体中に回る血液。拍手。光。
興奮。殺気。光。さあ美しい何かを召喚せしめてやろう。


美馬がウッドベースを後ろから抱く。
瀬野山がピアノの前に座りゆっくりと手を鍵盤に乗せる。
元木がギターを膝の上に乗せる。
葉上がドラムスティックを柔らかく握る。
目配せをする--なぁお前達の準備は良いか?--ああ、いいさ。
客席を見る。
一曲目--All The Things You Are。




ワン、トゥー、スリー、フォー。
打ち付けるスティック--始まる音楽。
まずはイントロ--刻むベースが奏でるイントロ。
乗るピアノはクリーンな音色--決して狂わぬリズムの強度。
弾むギタ−が隙間を埋める。
ジャズのテーマが--いま始まる--軽々--眠る今夜を起す。


All--The--Things--You--Are。
C--D--E--F--G--A--B--C。
それらの狭間にある音も含めて、
12のコードを奏でて繋げて。


サックスのリードを噛み締める。
息を入れる--空気が唸る--音が鳴る。
第1音は長い--一瞬だが長い--一瞬が長い長い時間に--引き延ばされる。
第2音は速攻の彼方--気づけば遥か--背後ではじめの音と邂逅--している。
第3--第4--第5と音が続く。
テーマが終わり--アドリブが--続く。


まずはサックス--俺の出番。
優しく深く--吠える--歌う--サックスの出番。
Aフラット--Aフラット--D♭D♭。
4つに刻むベース--骨と成るペース。
自由に跳ねるドラムス--引き締まるスペース。
彩りを与えるピアノのフレーズ--と加速させるギターのダンス。
ワン、トゥー、スリー、フォー。
ワン、トゥー、スリー、フォー。
それに乗るサックスの、
フレーズ--フレーズ--フレーズ--フレーズ--アドリブのフレーズ--フレーズ。
妥協と完璧を問う事を憚る--音楽の奇跡を信じる--基本と思いのフレーズ。
Eフラット--セブンス--ナインス。
G--G--イレブンス--サーティーンス。
基本のコードにテンションコードを--高度にコードを高度なソート--
細かくコードを高度にソート。


All--The--Things--You--Are。
C--D--E--F--G--A--B--C。
それらの狭間にある音も含めて、
12のコードを奏でて繋げて。


瀬野山のコードが単音に変化。
次はピアノ--あいつの出番。
華麗に--綺麗で--恒例の--ピアノの出番。
Gフラット--A--F--E。
コードから外れたアウトフレーズを--続く続く続かす--
正解の音から外れた軽やかに奏でて音は続き正解と不正解を巻き込みされどもそれで正解--八分音符で連続する音を響かせ理論を越えて天才の領域を無視して無音を向こうに追いやり--次の音の予想をさせるが裏切る連続だがそれを予想させるこれはできない理論じゃない説明出来ない裏切りを聴衆に予想させる天才だがそのやり方は予想できないだが裏切るのがわかるそんな音を並べるそれはもはや日本語で上手く説明出来ないだってそうだこれはM〓sicaだそしてこいつは誰かの誰かのamanteだnaturalmenteだろ分るだろAlineaci〓n del sonidoそいつがあるとすれば〓lそれをnegligenciaするJazzmanという存在を換算する際の差異を換算して Desactivar la ley Y hermosa だろうと Sin sentidoとだろうと、恍惚を煌煌と詰める 攻めることは責める事とまた違う締めることでもないけど傲慢に自慢の思想を理想をひけらかすのは悪人の物だからSignificativos.Significado de sentido.Uno, Dos, Tres, Cuatroなんだし 彼はそれに決して屈しない落っこちない(corcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorchea)つまり音楽の小節を小説にみたいな音楽みたいな小説の自動書記みたいな物だよUno, Dos, Tres, CuatroなんだよUno, Dos, Tres, Cuatro Uno, Dos, Tres, Cuatro(corcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorchea)そうさUno, Dos, Tres, Cuatro Y hermosaだしそれもアンドって事はこう書くってもんだぜ Y hermosaY hermosa Desactivar la leyだろさそうだろう Uno, Dos, Tres, Cuatro(corcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorchea)Uno, Dos, Tres, Cuatroなんだ 続け ワントゥースリーフォー Y hermosaだ アウト、外れる、外、望外な問題ってわけじゃない?じゃないのはoutPhase outPhas(corcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorchea)Uno, Dos, Tres, Cuatrob その、そのリズムが交換し高揚し抗争で更新し行進する そして だからY hermos Uno, Dos, Tres, Cuatro Uno, Dos, Tres, Cuatro Uno, Dos, Tres, Cuatro(corcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorchea)Uno, Dos, Tres, Cuatro Jazzman Desactivar la ley Y hermosa 案外簡単に暗澹って異端になるじゃないんじゃない?のってリズムって言葉は律動って行動で制御を成功(corcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorchea)cUno, Dos, Tres,Y Y Y hermosa Cuatro? CuatroJazzman Desactivar la ley outPhase outPhase Y hermosa Uno, Dos, Tres,Cuatro Uno, Dos, Tres, Cuatro(corcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorchea)想像は増悪の心臓を掌握できるでしょ希望の鏡像になることも Uno, Dos, Tres, Jazzman Desactivar la ley Y hermosa Cuatro? Uno, Dos, Tres, Cuatro Uno, Dos, Tres, Cuatro(corcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorchea)Jazzman Desactivar la la ley Y Uno, Dos, Tresだ, Jazzman Desactivar la ley Y hermosa Cuatro?Y hermosa Cuatro?Y hermosa Cuatro? Y Y Y Y hermosa Cuatro?(corcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorcheacorchea)Jazzman Desactivar la ley Y Y Y hermosa outPhaseだろ? outPhaseだろ? outPhaseだ! outPhase!



All--The--Things--You--Are。
C--D--E--F--G--A--B--C。
それらの狭間にある音も含めて、
12のコードを奏でて繋げて。


元木のギターが伴奏から--ソロに変る。
次はギター--あいつの出番。
確実堅実基本に忠実そして美を求める--ギターの出番
そして音が途切れる------------------------------

                                                                                                • -
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(美馬のウォーキングベース---------------------------------
 葉上の刻むドラムス--------------------------------------
 瀬野山の伴奏--------------------------------------------
 だけが鳴っている----------------------------------------
 このソロ不在の瞬間こそ----------------------------------
 元木のソロの--始まりだ)---------------------------------

                                                                                                              • -
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1小節目--無音--------------------------------------------

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(そしてリズム体とピアノが美しく複雑に絡む)---------------

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2小節目--無音--------------------------------------------

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(そしてリズム体とピアノが美しく複雑に絡む)---------------

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3小節目--ギターが鳴り響く。
弱い音から始まる音は水であり、
冷やかで清潔な流水の始まりだ。それは夜の小川だ。
繋ぐ音は星空だ。決して落ちる事のない安心を与える星空だ。
そこには露に濡れそぼる若葉があり水滴を照らす月がある。
だが満月ではない。雲が薄くかかり溺れげに照らしている。
川底では魚や小さな蟹が寝ている。
どこかの草原では狼の群れが安らかに体を休めている。
樹々には鳥達が止まり。フクロウが森を守る。
仮に神がいるとしたら彼がこの世界の神だ。
この神は奇跡を信じない。
この世界の優しく美しい平安を守るのは、
確固たる技術と理論だった。
美しい世界を作る神は美しい音楽の美しい奇跡を信じない。
彼の技術と技巧と工夫と苦労が美しい世界に平穏を与えていた。


All--The--Things--You--Are。
C--D--E--F--G--A--B--C。
それらの狭間にある音も含めて、
12のコードを奏でて繋げて。


ここで--ピアノとギターの--伴奏が--止まる。
ドラム--の--リズム--が--止まる。
美馬の--ベースの--音だけが--響く。
次は--ベース--あいつ--の出番。
1--「2」--3--「4」。1--「2」--3--「4」。
ス--ウィ--ン--グ。
ス--ウィ--ン--グ。
1--「2」--3--「4」。1--「2」--3--「4」。
ブ--レ--イ--ク。
リ--ズ--ム--の。
停--止-- -- --。

    • -- --. --。停--止-- -- --。

停--止-- -- --。チ--ェ--ン--ジ。
ワン--トゥートゥートゥートゥーワン。
弾--力跳躍律動--弾。弾--力跳躍律動--弾。
強談砲弾--冒涜--弾。律動冒涜--強談--弾。
単弾端断--反段嘆暖--単弾端断--反段嘆暖。
停--止。
停--止--の。
停--止--の--。
リ--ズ--ム--が。
う--ご--き--だ。
す--リ--ズ--ム。
1--「2」--3--「4」。1--「2」--3--「4」。
ス--ウィ--ン--グ。


ブレイク


ス--ウィ--ン--グ。



All--The--Things--You--Are。
C--D--E--F--G--A--B--C。
それらの狭間にある音も含めて、
12のコードを奏でて繋げて。


ド、ラームのー、ソ、ローが、
葉上の、ソロッが。ソローがソローが。
だ、がっきー、でうたーう、ソローが、ソ、ローが。
はずーむ、きしーむ、うたーう、ソ、ローが。
ソ、ローが、ソ、ローが、
ド、ラームのー、ソ、ローが
くずーす、ぶれーる、ゆれーるソ、ローが。
ローがソッ、ローがソッ、ローが、ロ、ソーが。
ソーがロッ、ソーがロッソー、がロッソーが。
くねーる、まわーる、きれーる、ロソーが、ロ、ソーが。
ロ、ソーが、ロ、ソーが、
ド、ラームーの、ロ、ソーが。
ロ、ソーが、ロ、ソーが、ロ、ソーが、が、がが、っがが、っが。
っが、っが、っが、っがっ、がっ、がっ、がっ、がっ。
ががが。が、ががが、ががががががががが。ン、ン、
ローがンッローがロンーがソローがン、ローがソローが、
ンロー、ンッロ、ソロー、ンッロ。


All--The--Things--You--Are。
C--D--E--F--G--A--B--C。
それらの狭間にある音も含めて、
12のコードを奏でて繋げて。


テーマに入る。
締めに入る。
アウトロに入る、そして終わる。



All--The--Things--You--Are。
C--D--E--F--G--A--B--C。
それらの狭間にある音も含めて、
12のコードを奏でて繋げて。


演奏が止まる--観客からの拍手。
続けざまに次の曲--Solarを演奏する。
テーマ--ソロ--テーマ--終わる--拍手。


ステージを照らしている光が僅かに明るくなる。
テナーのベルを握る。美馬が差し出したマイクを握る。
挨拶と演奏者の紹介--スーツのラペルに触る--観客を見る。


「今宵お越しの皆様、ありがとうございます」--拍手。
右手の平を心臓に当てお辞儀をする--拍手。
握手できない場合のお辞儀。
格好付けて気取ったお辞儀。
だがこれでいい--観客は現実を見に来ている訳じゃない。
ステージの上の幻想を見に来ている。


思い出す--「何事も大げさが良い。観客は現実を見に来ている訳じゃない。
特に儀式性や様式を求められるジャズでは尚更だ。
柏木。格好付けと幻想、それが私達が世に与える事が出来る影響力だ。
それが判らないなら、どんなに腕が良くたって売れないよ」--師匠--笑顔。


「こんな話しがある。
 バリトンサックスのジェリー・マリガンがあるとき、
 マイルスの新しいアルバムのレコーディングに呼ばれた。
 マリガンは緊張していた、マイルスとのレコーディングだからね。
 マリガンがスタジオに着く。
 防音ガラスの向こうではマイルスやベーシストのカーター、 
 ドラムのトニー・ウィリアムスが演奏している。
 マリガンは余計緊張した。プロデューサー兼レコーディングエンジニアの
 テオ・マセロが話しかけてきた。
 よう、マリガン調子はどうだ。緊張しているな。今日呼んだ理由は……
 ああ、聞いてるよな。ちょっくらソロを吹いて欲しいんだ、1、2曲ね。
 そんなに緊張するなよ……まぁ無理もないか、
 相手はマイルスだからな。それにしても緊張し過ぎだ。
 仕方ない、そうだ、面白い話しをちょっくらしてやろう。
 それも内緒話って奴さ。
 いいか?誰にも言うなよ?なんせ内緒話だからな、いいな?
 誰にもだぞ?誰にも……おし、約束した。
 マイルスがバード、そう、チャーリー・パーカー
 レコーディングに初めて参加した時だ。
 今でこそボス然としてる彼だがあの時は二十歳そこそこの若造だった。
 そんな若造がパーカーとの録音となったら緊張もする。
 今にもしょんべんがチビリそうな位に顔が青ざめていた。
 で、あの野郎、現場に女を連れて来た、しかも2人もだ、2人だぞ?
 一人は若い、マイルスは俺の女だと言った。
 もう一人は中年の女だった。マイルスの母親くらいのな。
 そうしたらマイルスは俺のママだとその女を紹介した。
 あの野郎!あまりに緊張して歩けない程脚が震えたからって
 彼女だけじゃなくて、イースセントルイスから
 歯医者である夫の仕事の手伝いで忙しい母親まで呼び寄せたのさ!
 笑えるだろう!ははは。ははは。
 そんな若造だったのに今ではマイルスは帝王扱いさ。
 まぁ……なんだ……誰だって緊張するって話しさ。
 憧れている相手との仕事なら尚更だ。
 でもそれを俺は気に入っている、だから俺はお前を気に入った。
 いいか、これは人間の根源的な原理ってやつなんだ。
 アドラーっていうオーストリアの心専門の医者がいう
 無意識の機能って奴だ。なんでも無意識ってのは嘘を付けずに、
 誤摩化そうとしても表情や最悪の場合には病気として嘘が出るんだってよ。
 知ってるかアドラー?……おお、知ってるとは、マリガンお前さん、
 ジャズメンにしとくのにはもったいない位の博識だな。
 ジャズをやめるのなら今だぞ?ははは、冗談さ。
 で、緊張ってのも無意識の表れだ。
 だってそれは良い仕事をしようと思っている証明だからな。
 そうだよな?
 適当な奴は緊張もしないさ。
 まぁお前の生活は知らん、普段のお前が不真面目でも俺の知った事じゃない。
 でも、音楽にだけは真面目でいてくれなきゃな。
 おっと、約束したよな、この話しは誰にもするなよ?
 もし俺が話した事がマイルスに漏れでもしたら、
 奴がボクシングで鍛えた右ストレートで
 俺の歯がコナゴナになってしまうからな?オーケー?
 テオはそう言ってマリガンにウインクした。
 マリガンはああもちろんさと返事をした。
 でも彼は知っていた、今の話しは嘘だと。
 マイルスとパーカーが共演したアルバムはこの世に存在しないから。
 だけど、マリガンはテオが言っている事を理解した。そして感謝した。
 テオは続けて話しをした。あー今向こうで見えてるのはな、リハーサルだ。
 この譜面、そうこれだ、これを見てくれ。
 ネフェルティティという曲だ。あの男が書いた。知ってるか?
 そういってテオは持っているパーカー製の万年筆で
 サックスを吹いている男を指した。
 マリガンはああ、知っていると答えた。
 万年筆の先に居るのはウェイン・ショーターだ、
 あの偉大なサックス吹きを知らない訳がない。
 テオは満足した様にでもこの曲は知らないだろう?と言った。
 なんせこのアルバムで発表するんだからな。
 良い曲だ、素晴らしい曲なんだ。
 彼がこんな曲を書けるなんて知らなかったよ。
 テオが曲に付いて話す間にもマリガンは譜面を読み込んでいた。
 面白い曲だ。マリガンはそう思った。
 テオはそんな彼を見て微笑んだ。
 おし、ちょっとここでリハーサルをしてみようか。
 ガラスの向こうを見てくれ。テーマが終わってマイルスのソロが終わる頃だ。
 それに続いてお前のソロだと思って吹いてみてくれ。
 向こうの音はお前に聴こえんだろうが、
 お前の音も向こうには聴こえないから安心してくれ。
 くるぞ、1、2、3……そしてテオが手で演奏開始の合図をした。
 マリガンは機材の上に置かれた手書きの譜面とコード表を見て、
 アドリブのソロを開始した。
 コードの並びは頭に入っている、譜面から目を離しガラスの向こうを見た。
 マリガンはそこで不思議な、今まで味わった事のない感覚に陥った。
 ガラスの向こうにはトニー・ウィリアムスがドラムを叩く姿や、
 カーターがベースをつま弾く姿が見える。勿論彼らが奏でる音は聴こえない。
 だが実際に彼らの音楽を聴く様にガラスの向こうでは
 どんな音が響いているかが分った。
 それに乗ってマリガンはソロを吹き続ける。
 途中でマイルスとショーターがトランペットとテナーで合いの手を入れる。
 その音も耳に入ってく様に目で理解できた。
 それに乗る様にマリガンはソロを吹き続ける。
 まるで何年も何年も吹いて来た曲の様に。
 一人の部屋で練習をし、
 鳥達と橋の上で吹き、
 少ない観客に街角で奏で、
 ステージの上で吠えた、
 そんな何年も親しんだ曲の様に吹く事ができた。
 ああ、これが本番ならいいのに、彼はそう思った。そしてソロを終えた。
 ゆっくりマウスピースから唇を離す。目を瞑る。
 美しい曲の余韻を味わう様に。
 何秒か経っただろうか、突如彼の周りを拍手の音が囲んだ。
 目の前に居たテオが、
 ガラスの向こうに居たマイルスがショーターがカーターがウィリアムスが、
 彼を囲み拍手をしていた。
 テオが言う。騙して悪るかったな、今のお前の演奏は録音していたんだ。
 正確にはお前がこのスタジオに入って来たときからだ、まぁ実験と言う奴さ。
 俺達にも聴こえていたんだ、
 ボス、マイルスがそう言って一歩マリガンに近づき彼の手を握る。
 ああ、あとでテオの野郎は殴らなきゃ行けない、
 ちびりそう?ママを呼んだ? 
 そういってボスがテオに意地悪な笑顔を向ける。
 マリガンに向き直してウインク、とりあえずマリガン、お前は合格だ。
 信じられない位にいい演奏だった。
 実はこれはお前が温めていた曲で、何年も吹いていて、
 それをショーターがパクったとかじゃないだろうな?
 後にマリガンはこう話している。
 この時の演奏が今も世に流通しているネフェルティティに入っている、と。
 でもこれは大嘘なんだよ柏木。
 マリガンとマイルスは普通にスタジオに入って普通に演奏をした。
 だからこれはつまり、マリガンのカマシって奴ね。
 でも今でもCDで聴けるネフェルティティの演奏には
 そんなヨタ話を信じてしまうくらいの
 素晴らしい音楽が入っている。幻想がね。
 私はこういうホラが音楽にはもっと一杯あっていいと思っている。
 幻想がね。
 その幻想というのが作曲にも演奏にも
 舞台の上の立ち振る舞いにもあっていい」


そうだな、と加持さんの言葉を振り返って思う。
ホラ話が人に少しの勇気や安心その他色々を与えて、
実際の行動に影響を及ぼす場合がある--
上手い怪談を聴いた恐がりはその日眠れない。
実際そんな師匠の話しに俺は影響されている。


まだお辞儀をしている。
少し頭を長く下げ過ぎたかなと思ったが、
きっと5秒程しか立っていないだろう。
頭を上げる--口角を上げる。


「私(わたくし)達は今まで柏木結城クインテットや、
 美馬達也カルテット元木功哉クインテット
 そして葉上実弥利クインテットとして演奏して参りましたが」--笑い声。
「ああ、諸事情により瀬野山啓介クインテット
 存在した事がないのですが」--大きな笑い声。
瀬野山は片手で目を多い、天を見上げている。


「実は、毎回ですね、
 今日のバンド名は誰の名前をトップに持って来るかで
 ケンカをしていまして……」--笑い声。


「このままでは解散の危機だぞという事になり、
 本日から私達はポデル・デル・ペーロと名前を変えて活動致します。
 どうぞ皆様御見知り起きを。
 御贔屓筋の皆様はこれからも宜しくお願い致します。
 今日初めてお会いした方もどうぞよろしくお願い致します」--
気取ったお辞儀--拍手。


頭を上げる。
「ポデル・デル・ペーロは旧約聖書に書かれた言葉であり、
 アメリカの作家ドン・ウィンズロウの同名小説から頂戴……
 とここで長く話しても仕方のない事ですね。
 どうぞ、我々の音楽をお楽しみ下さい」


「の、前にメンバーを紹介致します」


「ピアノ、瀬野山啓介」--最悪が椅子から立ち上がり胸に手を当て
脚を一歩後ろに引き頭を下げる--膝が地面に着きそうだ--拍手。
「ギター、元木功哉」--元木がギタを抱えたまま軽く会釈をする--
顔は笑顔だ--拍手。
「ベース、美馬達也」--スタンドにベースを立てかけた美馬が
右と左の客席に一度ずつ頭を下げる--最後に真ん中--拍手。
「ドラム、葉上実弥利」--葉上は椅子に座ったまま両手を大きく上げる--
笑顔--拍手。
「そして私、テナーサックスの柏木結城が御送り致します」--再び 気取ったお辞儀をする--拍手。


拍手が続く。葉上に目配せ。カウント。
1、2、3、4--you don't know what love is。
コルトーレンが残した演奏よりテンポ早く、毒の含んだアレンジを加えてある。
題名を日本語に直したら、あなたは愛が何かを知らない、となるだろうか。


俺は音楽の幻想性を信じる。
音楽に現実なんていらない。
だがその幻想が現実を呼ぶ事がある。
幻想に近い現実を。
それが怖い事や陰惨な事ではなく、
楽しかったり愛が溢れていたりエロティックだと尚良い。



楽家にとっての1日の勝利は決まっている。
それもジャズメンにとっての勝利条件は徹底的に決まっている。
それを忘れてしまっている奴はジャズメンである事を忘れてしまった奴だ。


楽家にとっての1日の勝利。
それは今日自分の演奏を聴いたカップルを一組みでも多くベッドインさせる事だ。


それが1日に限定した音楽家の特にジャズメンの勝利だ。
自分の音楽が幻想を呼ぶ--幻想が愛に火をつける。
そして現実の結果として--カップルが愛を成す。
それが出来たら俺の勝利だ--今日に限って--だが。


付き合い初めたばかりのカップルでも、
倦怠期に入った夫婦でも構わない。
少年少女でも老人でも少年と老人でも良い。
ベッドインがまだ早いならキスでも手を繋ぐのでもいいさ。
いや一人だって良い。一人で音楽を聴いている客にだって
愛する人を思い浮かばせたり、
それが居ない人にだって温かい人恋しさを感じさせれば勝ちだ。
人恋しさは悪い物じゃない--惨めな人恋しさが悲しいだけだ。
良い人恋しさもある--自分にも愛がある事が分るから。


瀬野山のソロ。
俺は客席を見ている--何組かのカップルに注目する。
どうやら今現在はケンカをしているカップルが居ない様だ--良い傾向だ。
その中の一組みに注目する。
客席の真ん中辺りのテーブルに座っている--テーブルに置かれた
小さなキャンドルが2人の顔を照らす。
年齢は2人とも20代か。大学生と言った感じではない。
2人の距離は近い--音楽が元木のソロにかわる。


演奏を聴きながらもアルコールを飲んで男が
何か小声で話す--女の耳元で--いいぞ。
女が小さく笑う--きっとテーブルの下で2人の膝はくっ付いているなと思う。
曲がテーマに戻る--サックスを吹く--ああ、
この場でキスをしてしまえば良いのに。


you don't know what love isが終わる。
そして次の曲--'S Wonderful。
頭の'SはIt'sの省略型。
It's Wonderful--素晴らしい事--恋と愛の喜びの音楽。


弾んだベースとドラム、軽やかなピアノとギター--イントロが始まる。
サックスを吹く--テーマが始まる--明るさ--幸福感。
この曲が流れている間に多くのカップルがキスをしてしまえば良いのに。


テーマが終わる--まずは瀬野山のソロ。
色彩豊かで弾むピアノ。
客席を見る--多くの客が笑顔になっている--あの2人も。
女の方が先程より--大きな笑顔だ--口に手を当てて笑う--
男の方も目尻に皺を寄せて笑っている。


瀬野山の出番が終わる--次は俺だ。
マウスピースに息を吹き込む--リードを振動させる--
指先を柔らかく動かす--緩やかにメロディーを吹く。
あの2人を見る--テーブルの上に置かれた女の左手の小指と
男の右手の小指が触合っている。
メロディーを吹く--頭の中にある明るく
幸福な旋律を手繰り寄せて音として出す--空気が震える。
女は口を閉じている--男の方を見つめる--良い事だ--キスをしてしまえ。


伸びやかなメロディーを吹く--2人が見つめ合う--キャンドルの火が揺れる。
そのままキスをしてしまえば良い--2人の顔が近づく。
メロディーを吹く。ゆっくりと心地よい幸福な音を選び抜く--空気が震える。
女が顔を傾ける--男が顔を更に近づける
長い1音をだす--柔らかい、柔らかい、ロングトーンを。


そして、2人がキスをする。周りの客は彼女達を見てない。
1秒、2秒、
2人の真ん中でオレンジ色の火がゆっくり揺るやらかに柔らかく揺れている。


俺の勝ちだ。



2人の唇が離れる。2人が照れた様に微笑む。


俺の勝ちだ。




今夜ばかりは


俺の勝ちだ。




(続く)








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